●謝公達
台湾出身、14歳でアメリカに渡り、カリフォルニア大学アーバイン校で心理学を学び、同大バークレー校大学院で社会福祉学部を卒業した後、同大ロサンゼルス校で博士課程を終了した。
ロサンゼルス市の精神衛生課緊急対応部の責任者を長年にわたって務め、自殺危険度の評価や災害や誘拐事件などによる精神的なリスクに対応してきた。全米自殺防止センター認定の心理療法士でもある。現在もロサンゼルス心理衛生部アジア太平洋家庭心理健康センター責任者を務める。
そこで暮らす人々の生活は苦しいが、
皆仲が良く温かい真心にあふれている。
技術を身につけて生きていきたいと心から願っている。
そこにはまた純朴できらきらと輝く子供達がいる。
これほど楽しそうな子供達を見たのは初めてだった。
世界の貧困地域でありながら不思議なことだと思った。
シール駅にある収容施設で温かい朝食を配布した後、気の向くままに歩いていた時、フランクに会った。シエラレオネ共和国出身の二十一歳の若者である。歩くのが辛いと、アメリカ慈済支部のボランティア、曽慈慧に声をかけた時は、立っているのもやっとという状態で、見るからに苦しんでいるのが分かった。
彼をゆっくり座らせ、通訳を介して話を聞くと、首から喉、胸、さらに足にかけて全身に痛みがあるという。土石流に流されて十八時間生き埋めになり、首だけが出ていたので、顔が泥水に幾度もさらされてしまったそうだ。救出されてから十日間入院していたが、家に帰りたいと申し出たので退院が許可されたのだった。
この災害で彼は十一人の家族を失った。この地域で唯一の生存者だった。彼は固形物が飲み込めず、食べ物が胃で消化される時に胸が圧迫されて苦しいと訴えた。私は診療所へ付き添って、受診させることにした。
負傷後は腹式呼吸によりリラックス
施設内ではフランスから来たボランティア医師がフランクに関心を寄せ、痛みがある箇所を検査してくれたのだが、医師は困惑してしまった。
数日前にフランクのレントゲン写真を見た時、胸部骨折や脱臼の様子は見られなかったからだ。医師が彼の首に触ってみると激しく傷むという。しかし、ゆっくり抑えた時はそれほどではなく、自分で手を上に挙げることもできた。
この医師は数日前にフランクの食事に付き添ったそうだ。彼の言う通り流動食しか口にしなかった。彼の状況から見ると、痛みは心理的要素による可能性が出て来た。問診が終わると、私は彼を静かな場所に連れ出し、通訳を介して会話を試みた。
彼との会話は以下の順序で進めた。一、土石流があった日のことを話してもらう。二、その時何を考えたか。三、その時どう感じたか。四、最後に少しアドバイスを行った。大きな災害に襲われて心身に何が起こり、どんな反応が起きているかを理解してもらうためである。眠れない、不安や焦燥感に襲われる、些細な事に過敏に驚く、極度の疲労感がある、恐怖や悲しみを感じている、などそれらのストレスから自分を解放しリラックスできるようなアドバイスである。
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●謝公達は食事の配給を終え、収容施設の子供達と一緒に過ごす |
私は彼に話してみた。痛みの原因は心にある場合があるのだと。災害という大きな傷を負ったことで、体はその時の恐怖を痛みとともに記憶している。その痛みというのは、心が感じた苦しみや災害後の困難な状況からくる不安感も含む。だからその時のことを思い出しただけで、体の痛みとして感じるのだと。
それからレントゲン写真の結果を彼に見せ、骨折や脱臼はしていないと説明した。心も落ち着きを取り戻せれば、痛みは和らぎ、なくなっていくだろう。そのほか、人と関わり合うよう勧めた。たとえば施設内の輔導員に彼の苦しい体験を話すことも有効だろう。
フランクは注意深く話を聞いていた。少し気持ちが楽になったようだった。私は腹式呼吸をしてみようと言った。ゆっくりお腹に息を吸い込むと自然に膨らんだので、暇があったら練習するよう勧めた。とくに眠れない時に行うと全身がリラックスするので、過去や未来にとらわれることなく今のことを考えられるようになるよとアドバイスした。
自分を大切に
始めの一歩から遠くへ歩き出す
一緒にテントへ戻ると、通訳が私に、彼は土石流で家族を失ったことに苦しんでいるのだと話してくれた。そして腹式呼吸はとても役に立つだろうと言った。
私は、心身のリラックスを心がけることで、体をいたわると同時に心も良い方に回復していくことを説明した。そして、今何をしたらいいのかが考えられるようになり、自分と周囲の生活が良くなるよう何か行動する気持ちが生まれるのだよと伝えた。
小さな一歩だが、そこから高い所を目指して歩き出すことができる。遠くを見ることができるようになる。私たちが正道を進み、自分を利し他人も利する活動を行うと、一時的に辛い記憶や焦りから本人を切り離す効果が得られるのだ。
トボール氏はこのような観点を歓迎してくれた。私たちは収容施設で何か目標をもってできることはないかと話し合った。彼は子供達に読み書きを教えたいと言った。教科書とノートがあれば理想的だが、ほかにも大学で教育を受けたことのある若者がいれば一緒に子供達を教えたいと考えていた。
ある日、彼は施設内のテントを訪れて回り、子供達について調査した。学年、人数、必要な教科書、そして百三十人の児童について名簿を作り、慈済アメリカ支部の曽慈慧さんに相談した。
曽さんはすぐに協力を申し出てくれ、現地で教科書やノート、筆記用具を手配してくれた。施設内に学校が作られ、教育を受けることができるということは、他人のために尽すことであると同時に、自分の自立にもつながるのだから、希望のあるプラス方向のエネルギーとなっていくはずである。
その日の午後、フランクが私を尋ねて来たので、手を取って施設内を歩いた。その足取りは落ち着いていたので、外の通りにも出てみた。歩きながら彼に「行禅(歩き方の修行)」を紹介してみた。時々立ち止まっては自分がどっしりとした大木の幹になったような安定感を感じ、軽やかな風が吹いてくるのを心地よく思い、足の裏全体が大地を踏みしめる感覚を楽しんだ。手をつないだまま、フランクは楽しそうに笑顔を浮かべた。
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●謝公達(右)はフランク(左から2人目)が医師の診察を受ける間付き添い、病状を把握した。 |
タボスク 暗闇を照らす燈
私たちは続いてタボスク収容所を訪れた。ここは非営利慈善機構であり、責任者のジョージ神父は四百人の虐待された経験のある未成年者を受け入れ、里親希望者とのコミュニケーションを援助している。その姿には大変感動した。
ジョージ神父は、シエラレオネでは性的暴力事件があっても警察に訴えることは少ないと話す。毎年一万四千件もの被害届けが出されてもたった二人の警察官が調査に当たるだけなので、訴える人がいなくなってしまったのだという。
この状況を知り、タボスクはホットラインを設け、虐待の実態を医療の面から証拠として集めることにした。タボスクには弁護士も書記も常駐しており、そのおかげで多くの犯罪者を摘発することができた。
タボスクは児童売春から子供を救う活動も行っている。ジョージ神父の調べでは、そのような子供達の七割がエボラ出血熱の流行で家族を失っているのだそうだ。政府は親戚に養育するよう依頼しているが、支援は行われていない。二割にも上るエボラ孤児の女子は、売春によって弟や妹の学費を稼いでいるのだった。
夜間に町を歩いていただけで「不良行為」の罪で警察に逮捕される児童もいる。二年間刑務所に入れられるが、そこでも虐待を受けるという。ジョージ神父とボランティアが毎日食べ物を持って面会に行き、これまでに二百十五人の児童の保釈を申し入れた。
タボスクのボランティアは、毎月米など食糧を持って貧困地域を訪れる。そこに暮らす女の子は貧困から売春を行っているからだ。彼女達に対し生活様式を変えるよう説得し、生活を援助し、また職業学校へ通って技術を身につけるよう指導している。
ジョージ神父は、かつて虐待された経験のある青年を補導員に養成したことがある。同じ痛みを知る者だからこそ、助けることができるのだと考えている。
また、ジョージ神父は私たちに感謝したいと言った。以前、米が全く手に入らなくて神に祈るばかりだった時、突然明愛会のピーター神父から電話があり、慈済が米を運んで来たので必要がどうか問い合わせてきたことがあったそうだ。
慈済ボランティアはそのことを聞いて嬉しそうな笑顔を見せた。古いタボスクの建物は私の知る世界で最も暗い孤独な闇の中だが、そこにも光と愛の力が差し込んでいる。苦労と危険を顧みず未成年者を助け、彼らに安らぎと希望を与えてきた人たちがいたのだった。
私もタボスクの支援組織に感謝したい。彼らも暗闇を照らす光明に違いないのだ。
励まし合い感謝する
今回のシエラレオネ訪問はこのように忘れられない旅となった。そこには生活が苦しくても仲良く思いやりを持って暮らす人々がいた。自立を渇望し、技術を身につけ、工具と少しの開業資金を得て生きていきたいと願っていたのだ。
そして子供達は純朴で輝いていた。善意を持って笑顔で接し、握手を求めれば、いつでもぎゅっと手を握って抱きしめて返してくれる。
みんな慈済の配布した米に感謝していた。自分も子供なのに弟、妹の世話をきちんとしている。エコ食器を与えるとご飯をよそい、弟、妹たちに食べさせていた。
その嬉しそうな姿を見て、こんな子供達を見たのは初めてだと思った。世界で最も貧しい場所にもかかわらず、笑顔に満ちていることが不思議だった。
私を招待してくださった曽慈慧さんには感謝している。彼女はキリスト教の明愛会やギリ財団などの現地ボランティアや、政府やほかの非営利団体とも協力して援助を行って来たのだ。そして被災者に対しても、ボランティアに対しても、大きな愛と智慧を以て接していた。
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●アルゼンチンから来たジョージ神父(右)はアフリカで20年、収容所の子供達が心身共に回復できるよう、彼らを世話している。 |
慈済ボランティアたちは皆善と愛の心を以て全力で支援をしている。その姿にいつも感激し、私自身も励まされてきた。
ここでは陳燦陽さんと知り合った。明るくて、周囲の人を笑いに包んでしまう彼のこの性格は、救援活動の時に不可欠な能力ともいえる。高小玲さんは、体は小さいのに苦労をいとわず、いつも温かく迎えてくれる。林鴻樺さんと楊健正さんは、若いのに聡明で、慈悲に溢れ、思いやりのある方たちだと感じた。林佳浩さんは子供達をとても可愛がっていて、温かい食事を配給した後も、一緒に遊んであげるなどしていた。
「慈済月刊」のカメラマンの蕭耀華さんは、温かく思いやり深い眼差しで人々を見つめ、感動的な場面や瞬間を、カメラに収めていた。「US Tzu Chi 360」メディア放送グループの二人の若者は、仕事と芸術と思いやりとを融合させようとしていた。
スティーヴン・フォンバと明愛会の若いマネージャー、チャールズにも感動した。彼らの仕事に対する情熱と努力は言うまでもなく、どんなに疲れていても全力で人々の支援に取り組んでいるのだった。
證厳法師の導きと激励にも大変感謝している。シエラレオネ共和国でインターネット会議に参加しながら、私は法師がボランティアの状況に心から関心を寄せ、話を聞き、励ます姿を目の当たりにした。シエラレオネ共和国の人々が災難に苦しむ姿に心を痛め、そのお声が哀痛に堪えず震えておられた時には、私も涙をにじませてしまった。
世界各地の慈済ボランティアが援助を続け、シエラレオネ共和国の善良な人々に支援を続けていることに対し、この場を借りて改めて感謝を申し上げる。
(慈済月刊六一二期より)
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