慈濟傳播人文志業基金會
この世の衆生と愛を分かち合う
どれだけあれば幸せなのだろうか?
足るを知る人は最も幸せな人です。
幸せに感謝し、喜んで世の衆生と資源を分かち合いましょう。
一分でも愛を集めることは一分の徳を集めることです。
 
 
 
寒い冬がやってくると、心に浮かぶのは寒冷の地方にいる人たちです。苦難にいる人たちはどうしているでしょうかと。体に感じる苦しみだけでなく、食料、衣服が足りずに、住まいの屋根を覆う物もなく苦しんでいる人がいます。私たちは実に幸せです。住むところも充分な衣服も、使う物も充分にあります。どれだけの物があれば幸せと言えるのでしょうか?容易に満足のできる人が最も幸せな人です。
 
幸せな生活の中に浸っている私たちは、遠くに目を向けなくてはなりません。フィリピン南部のミンダナオ島では十月の末に強震が発生して、殆どの家屋は倒壊し、家を失った人達は、竹竿をわたしてヤシの葉をかぶせ、雨露をしのんではいますが、足元の地面は泥で湿っているのです。いったい何処に住めばいいのでしょうか?幸い慈済人は素早く駆けつけ、白米と毛布、折り畳み式のベッドや慰問金を贈り、住民はしばし安心して落ち着く場所を得ることができました。
 
住民は非常に感動して、こんなに沢山の物を一度に貰うとは夢にも思わなかったと言っていました。大部分の人は慰問金でトタン板を買って倒れそうな家の補強をしていました。一時的なものですが、少なくとも雨風を凌ぐことができました。そして折り畳み式の福慧ベッドで子供たちは安らかに眠ることができました。
 
慈済の人たちはすべて自前で支度をし、交通機関の困難を克服しながら何度も往復して配付をしたのです。私はとても感謝しています。毎回帰ってくる度に彼らが話してくれるのです。「被災者の貧困に対して無力な気持ちに陥りますが、駆けつけ、自らの手で届けることができるだけでも感謝しています。私たちの配付したエコ毛布が冬空の下で温かく誰かの身を包んでいることに安堵を覚えました」と。 
 
新年の前夜、慈済はラオス南部の洪水災害地域の配付を終えました。白米を届けただけではなく、差し当たっての難関を解決したのです。また、農民が田植えできるよう種もみを配付したので、来期の収穫の時には自力更生ができることを期待しています。
 
現地の実業家たちは、各国から集まって来る慈済人と合流して、慰問金と食糧の準備、運送の手配などをする以外に、菩薩の種子になることを発願しました。ラオスの貧民は慈済の姿を目にした時、簡単に取り繕って帰って行くだけだと思っていました。これほど大量の物資が運び込まれるとは思いもよらず、それで彼らは数か月の難関を突破して過ごすことができたそうです。配付した人や受けた人、皆が喜びと感動に溢れていました。
 
 
地、水、火、風の四大不調の時に生れた私たちは、災害の絶えない地球、撲滅が困難な森林火事や旱魃の地方での食糧難を目にします。広く天下に目を向けると、地球の生態系は人々に世紀の災難が差し迫っていることに警鐘を鳴らしていますが、警戒する覚悟は未だ見当たりません。以前私は「間に合わない」と言いましたが、今では「やっても間に合わない」ことを感ずにはいられません。もっと速やかに環境保全を呼び掛け、身をもって実践しなくてなりません。
 
人の苦を見て己の幸せを大切にし、誰もが責任を担うべきです。金を惜しむように一滴の水も大切にし、簡素な生活でゴミを減らし、食べ残しを減らすことです。浪費とは幸せを損なうことです。それだけでなく、天下の衆生を愛し、自分も節約し、蓄積されたもので人々と分かち合うことができます。一分の愛が集まれば、一部の徳になり、自分の慧命を大切にすることは、大地の生命を愛おしみ大切にするのです。
 
天下に災害が起きると、苦難の人達は私たちの支援を待っています。先日私は台北では一杯のコーヒーが百元もすることを知りました。私はコーヒーを飲まず、流行にはついていけませんが、苦難の人のことを思うといたたまれません。平穏な生活の中で暮らしている私たちが、もしも一杯のコーヒーを節約し、その蓄積されたエネルギーでさらに多くの人を助けることができるのではないでしょうか。
 
光陰矢の如しと言われているように、新しい一年がそこまできています。精進を心がけ、生命を活かしてこの世で慈悲による利他行為をし、価値を創造している人の姿がそこに見えます。過ぎ去った五十数年の事を回顧し、慈済人が歩んできた道で愛の力が発揮されてきたのを見て、生命とは価値あるものだと感じました。人生を無駄に過ごさず、煩悩もなく、人との争いもなく、社会により多くの温かみをもたらし、お互いに感謝し、尊重しあい、家庭も国も愛護するよう呼びかけるのです。
 
一年に春、夏、秋、冬があるように、人生にも幼年、青年、老年期があり、時間も「日が過ぎると、命もそれに伴って短くなる」のです。今の私は、さらに残された命を大切にして、声が出なければ話す練習をし、足が弱くなれば歩く練習をして一歩また一歩と頑張っており、人生の最期まで使い切りたいのです。常に慈悲で以て他人を利し、日々人間に福をもたらすことが私たちの進むべき道です。皆さんの精進を願っています。
(慈済月刊六三八期より)
NO.278