慈濟傳播人文志業基金會
いつの世でもしっかり追随する
二〇一八年十一月の「慈済海外支部委員及び慈誠の精神研修会」の時のことを回想しますと、その時私は板橋静思堂の中に座って、證厳法師が私たちに委員の認証を下さるのを、待っていました。心の中ではは期待と不安が交錯して緊張してきたので、認証を下さる時の法師に応える言葉を反復練習しました。音楽と共にゆっくりと入られた法師のお姿が見えた時、感動で涙を抑えることができなかったことが最近のように思い出されます。
 
一年間の養成期間に大した障害も起こらなかったのは、夫が家庭を守ってくれるので安心して講座に専念できたことと、父母も健康で私の仕事も順調だったおかげでした。そのような周囲の人達の支え無しでは成就できませんでしたから、誠に感謝に堪えません。同じ組の人からも「あなたは本当に幸せですね、初めての台湾訪問が認証を受ける旅になって」と言ってもらいました。
 
五日間の研修の内容はどれも豊富で、中でも私が感動したのは台湾の同門たちが私たちを家族のように世話をしてくれたことです。彼らの和合と互助と協力の精神は見習わねばならないと思いました。
 
 
證厳法師と慈済人の間にある深い情にも感動しました。台湾の邱秀珀が病を忍んで慈済のために発願したというお話、黄思賢が法師の足になる発願をして、災難の有るところならどんな厳しい場所でも足を運んで支援し、永遠に疲れたとは言わないと話したこと、また、米国の陳宝如は曲を作って法師に想いを馳せ、人々に「法の香りに浸る」開示に参加するようによびかけていました。台湾の有名な女優の唐美雲は、仏法を戯曲化して舞台で熱演し、仏法を広めていました。
 
どの方もお話の中で、法師は生命を賭して弟子の慧命のためそして仏法のために身を捧げていて、疲れたとは一言もおっしゃらないと言っています。弟子として精進に励み、法師の望まれる事を私たちは担わねばなりません。
 
ボランティアたちの体験を聞くと、法師はどんなに苦労があっても、海外の弟子認証授与には必ず自ら出られるそうです。私たちにどんな徳があって、法師に苦労をかけてもいいというのでしょうか?それでも法師は私たちを可愛がってくださり、一生一度の認証と帰依には、必ずご自身の手で慈済委員の名札を付けて下さるのです。
 
法師は人生の自然法則をよくご存知ですから、弟子である私たちもよく知らねばなりません。慈悦師姊のお話に、いつの日にか、もしものことがおきた時でも私たちはやはり戒を以て師とし、法を以て師として精進修行すれば、法師が再び帰られた時、私たちを探すことができるのですとありました。一心に精出し、多くの法をよく聴いていれば私たちはしっかりと法師に随っていくことができるのです。
(慈済月刊六三二期より)
NO.278