慈濟傳播人文志業基金會
わだかまりから一歩先に踏み出す
異文化の誤解から生じる人種差別をなくすことはできないかもしれないが、一歩前に踏み出して、相手に自分の肌の色を見せると同時に自分の教養も見てもらおう。
 
中華系移民の歴史は非常に辛く切ないものである。現地の環境に適応するため移民当初は苦労が絶えないが、ましてや異なる肌の色の違いで差別を受けたのなら、移民した月日が如何に長くなっても、財産をどれだけ作っても、心の中に刺さったトゲの痛みはなくならない。
 
近頃、新型コロナウイルスの感染が益々深刻になり、全世界の感染者数は四百万人を突破した(四月末)。医療スタッフが第一線で命を賭け、人々がその失われた命を心から悼む中、少なからぬ心温まるストーリーが聞こえてくる。しかし、感染症が拡大し始めた頃に欧米社会では、マスクをするアジア系の人が異様な目で見られた。様々な誤解に起因し、アジア系に対する差別の溝がより深くなっているようだ。
 
カナダは移民の国であり、先住民を除いて、皆、異なった時期に新天地での生活に憧れてやって来たのである。ここではアメリカのような人種のサラダボウルの中でカルチャーショックを受けることはなく、多元的な文化がカラフルなモザイクパズルのように互いにしっかりと繋がっていて、個々の持つ元来の文化の特色を維持し続けている。
  
息子の小・中学校から大学までの環境を見ていると、住んでいる所には華僑系の人が多いが、クラスの中の人種の配分は平均的だった。息子は小さい頃に移民してきたからかもしれないが、学校では韓国系やユーゴスラビア系、或いはイラン系のクラスメートとも普通に英語でコミュニケーションをとる。学校側は逆に、子供たちには母国語を継承するよう奨励している。祖国の背景を身につけていることが、将来の就学や就職で有利に働く場合があるかもしれないからだ。
 
しかし、大人の世界では、人種差別は目には見えないが、感じることはできる。就職先を探す時がよい例だ。移民は同じ民族が寄り集まって住む習慣があり、社会の主流の人が中心になった会社で仕事をするには、大変な努力をして自己アピールする必要がある。人種差別に至らないようにするには、相手が自分の肌の色を見た時、同時に自分の内的素養も見てもらうようにすることが重要だと私は気が付いた。
 
●張素雯(右)は1997年にカナダのオンタリオ州に移民した。ボランティア活動に参加することが社会に溶け込む方法の1つだった。ノーストロントの慈済人文学校の卒業式・終了式で、当時校長だった彼女は、卒業生の角帽タッセルを左へ動かした。(撮影・丘啓源)
私は正式に就職先を探す前から既に慈済ボランティアとして活動していた。フルタイムで活動していたため、履歴書を出した時はパートタイムの仕事を選んだ。面接官との受け答えの中で興味ありげに尋ねられたことは、フルタイムのチャンスもあるのに、なぜパートタイムを選んだのか、そして他の時間は何をするのかということだった。私が、大部分の時間をボランティア活動に投入していると答えると、面接官は顔を上げて私を見た。彼らの印象では、アジア系住民でボランティアをする人は稀だったのである。
 
やっとその就職のチャンスを手に入れた。私の職場では異なる民族への尊重を強調しており、皆、用心して敏感になる言葉を使わないようにしていたが、最初の頃、言語の隔たりと、そこで生まれ育っていないために、現地の文化背景を理解していなかったことで、笑いを誘うこともあった。その後真面目に仕事をし、心をこめて同僚と付き合って、「道のりが遠ければ馬の実力を知る」、「月日が経てば人の心が分かる」という諺のように、真価が次第に現れ、異邦人としてではなく、皆の良い同僚であり、友人となれたのである。

チャンスを作って、互いに理解し合う

人種差別に至らないようにするために最も重要なのは、主流社会の考え方を理解し、同時に東洋的な考え方も相手に理解してもらうことである。私の経験で言えば、主流社会に溶け込む一番良い方法は、ボランティア活動をすることだ。
 
私は二十数年前にカナダに移民した。ボランティア活動をするのは、欧米諸国ではごく普通の国民的素養である。高校生は全て何かしらボランティアをしないと卒業できない。息子が小学校に入学した時、私も学校でボランティアとなった。教室での読書の指導、図書館でコンピューターの使用方法の指導、或いは年始に先生を手伝って中国の新年パレードを主催したりするなど、あらゆることに精一杯参与した。その都度私の奉仕は先生や保護者、子供たちの目に止まり、異なる文化というカルシャーショックがもたらす趣きを分かち合うこともできた。
 
●クリスマスの雰囲気に満ちたヨーク地方政府の長期ケア部門のオフィスにて。張素雯さんはこの人種が融合した環境の中で働いていることに幸福を感じている。(写真提供・張素雯)
慈済は長期にわたって、ヨーク地方ニューマーケット地区のホームレス支援専用車と協力し合っている。私はそのボランティアの責任者なので、いつもアジア系以外の人たちと接している。その支援センターの責任者はカナダ人だが、機会がある毎に私は慈済の竹筒貯金の精神と静思語を分かち合い、至る所に台湾の愛が存在することを彼らに知ってもらうために、慈済の歳末祝福会にも招いている。
 
また同じように私たちも彼らのニーズを尊重し、配付活動の準備の時、できる限りホームレスたちの飲食や生活習慣に合わせるようにしている。ホームレスも様々な人種が集まっているので、季節によって異なる物資を提供している。互いに尊重し理解し合えたならば、例え肌の色が違っても、私たちは心を通わせることができる。
 
慈済ノーストロント支部のボランティアが現地に奉仕していることは誰の目にも明らかだ。コミュニティで菜食を広めたり、公民宣誓式の際に場所を提供するなど、時を選ばず対応している。また、主流社会の活動にも必ず慈済人の善行する姿が見られる。
 
感染症拡大が深刻になる中で、慈済は辛うじて八箱の防護服を輸入し、直ちに地元の感染確定患者を受け入れているマッケンジー病院とベサニー(Bethany)シニア長期ケアセンターに届けた。カナダでは、新型コロナウイルスで亡くなった人の半数近くは、老人ホームの入居者である。取次ぎ担当の市会議員から、キリスト教のシニア長期ケアセンターへの物質の支援も構わないかと聞かれた時、私たちは即座に、慈済は宗教と民族の差別をしないと答えた。そこには助け合う民族の姿があり、差別はなかった。
 
證厳法師は海外へ移住した弟子たちに喚起を促したことがある。人の国で生活するなら、その地で得たものはその地に返すべきだと。私たちは誤解から生じる人種差別をなくすことはできないかもしれないが、一歩前に踏み出して、善に解釈し、奉仕で以て人種差別をなくすことはできる。
 
●カナダの医療スタッフには感染予防物資が不足していた。慈済ノーストロント支部は様々な方法を考え、地元で募金を集めて防護服を輸入し、4月25日にマッケンジー病院に届けた。(撮影・梁延康)
 
今回の新型コロナウイルス感染症が私たちに教えているのは、ウイルスに国境はないが、愛の心は如何なる遠い所にも届く、即ち民族には隔たりがない、ということである。
(慈済月刊六四三期より)
NO.285