慈濟傳播人文志業基金會
天理に順じて衆生を護りましょう
日常生活が道理に適っていれば、天理も自然と順調になります。
この世が平安であり、人類が共に福を造って
萬物生霊を愛おしむよう願っています。
菜食は愛の心を育み、菜食する人が多ければ福も多くなります。
「幸運」という保護膜を強固なものにしましょう。
 
 
新型コロナウイルスの感染症は未だ収束しておらず、半年余りも目に見えず、居場所もわからないウイルスが世界を覆っています。今年の気温は例年よりもかなり高くなっています。諺に「五月節句の粽を食べないうちは冬物をしまうな」とあります。しかし、今年は端午の節句の一、二カ月前からとても暑くなりました。この数年来、地球の気温は上昇し続け、極端な気象現象は益々酷くなっています。
 
最近、日本の九州やマレーシアのジョホール州、中国の多くの省が水害に見舞われました。大自然の瞬時にしてあらゆる物を破壊する威力を目の当たりにして、人力のなんと微小なことと痛感しました。どれだけの家庭が苦難の憂き目に遇っているだろうかと思うと、私はとても心配になりました。
 
中国では二十余りの省が被災し、度を越した雨量が急流となって流れ、山々を崩落させ、道路を寸断しました。家々は押し流され、恐れおののきながら避難した人々は薄いテントの中で酷暑に堪えていました。四川省の涼山彝(い)族自治州西昌市で土石流が発生し、冕寧県彝海鎮では河の流れが変わって災害を引き起こしたため、慈済ボランティアはそれぞれ、調査と配付に駆け付けました。洪水が引いた後も道路は前に進めず、ボランティアは泥濘んだ泥に足を取られながら、一歩一歩慎重に進みました。前方には助けを必要としている人々がおり、戻るわけには行きません。直ちに緊急の配付をしなければならないのです。
 
世の中に広く目を向けると、多くの国で自然災害が発生しています。大自然の不調和だけでなく、苦境に陥っている多くの人々は、戦争や貧困のために居場所を無くしています。大勢の難民が海上を漂流し、各国は防疫のために国を封鎖して難民の上陸を拒んでいます。過積載で漂う船体は波風に耐えられるでしょうか?今日ある命も明日はどうなるか分かりません。とても心配です。
 
 
私たちは平穏な暮らしできる幸せな日々に感謝しなければなりません。幸せを知る人は、もっと幸せを造り、「幸運」という保護膜を強固なものにするのです。天地を敬い、福を造って災害を減らすのです。福を造らなければ災害は減りません。どうすれば平安を護れるのでしょうか?愛の心を育むのですが、それも完全な愛でなくてはなりません。善行や献金だけでなく、あらゆる生命を護ることが大切なのです。
 
菜食すれば、生活の中で愛の心が育ちます。この世の平安を願い、人類が共に幸せを造るということが愛なのです。苦難の環境に陥っている衆生を苦から救うだけでなく、目の前に存在している生き物も大切にして愛護するのが真の愛というものです。万物を守ってこそ、人類は万物の霊長と言えるのです。
 
計算によると、五百個の弁当を作るには、三十八羽の鶏と百二十キロの豚が一匹必要です。花蓮の慈済大學附属小学校の陳映儒(チェン・インルー)さんは「菜食を早く広める」活動を発起し、一人が一人に勧めるのです。これまで花蓮慈済小学校の先生と児童が三万六千食余りの菜食を勧めており、換算すると二千余りの鶏と豚の殺生を減らしたことになります。食べられなかったこれら動物がどんなに自由自在に歩き回っていることか想像できると思います。反対に一瞬にして人類の口の欲のために屠殺される怨念は絶えず累積し、最終的に人類に反撃します。
 
五穀を食べていると身心ともに清浄になり、三度の食事で生き物に借りを作ることもありません。殺さず、食べなければ、飼育せずに済み、数多くの動物を飼育することで大地と空気を汚染することもありません。菜食は気候の変動を緩やかにすると同時に、最も敬虔な気持ちの表れです。皆さんが、子供たちのように、一人が一人を誘い、皆で生命を護って福を造ることに期待しています。口の欲を抑えて動物の肉を食べず、相手を怯えさせないようにするのです。
 
その道理は簡単であっても、無明の貪欲をなくすのはとても難しいのです。日常生活が理に適っていれば、天理は自ずと順調になります。良知の本性を啓発すべきです。智慧の「智」という字は「知」っているだけでなく、「日」の光明を持って道理をわきまえることができ、そこから善行を啓発して他を利するのです。
 
人は自分を軽く見るべきではなく、その力が結集すれば、大きな力となります。今は「非常時」ですから、少人数の行動だけでは効果は出ません。皆が心を一つにしてこそ、異常を正常に戻すことができるのです。道理が分かっても、一人でやり遂げるだけでなく、自分も他人も目覚め、まだ解らない人に聞かせて理解させ、口伝えで人々が規律を守るようになってこそ、気候は穏やかになり、感染症も終息を迎えるでしょう。
 
毎日、懺悔と菜食、感謝の三つを続けなくてはなりません。過去の積み重ねに感謝し、懺悔して生活習慣を改め、完全に菜食するのです。菜食する人が多ければ、それだけ世の中は幸せになり、菜食を勧める分だけ功徳があります。誰もが人、物を愛し、生命を守るようになれば、この世は平穏で幸福になるでしょう。皆さんの精進を願っています。
(慈済月刊六四五期より)
 
NO.285