慈濟傳播人文志業基金會
門外漢の調達奮闘記
感染予防物資は購入するというよりは、奪い合っているような状況だった。業者の店先は物資を買い求める人でいっぱいだった。期待を抱いて業者に連絡しても断られることが多く、昼間はいつも電話を掛ける仕事に追われた。
 
今年の旧正月の大晦日、私と妻の張玲は下の娘を連れて広州からマレーシアとインドネシアへ観光旅行に出かけた。一月二十七日にバリ島に到着したが、その翌日の早朝、慈済が全世界でボランティアを動員し、感染予防物資を集めて、感染症が広がった地域の医療スタッフを支援していることを知った。私たちは直ちに観光の日程を切り上げ、馴染みのないバリ島で医療用マスクを探し始めた。
 
言葉が全く通じない異国の地で、電子マップと翻訳ソフトだけを頼りにマスクの売り手を探し、そして、医療用としての基準を満たしていることも確認する必要があった。夕方、バリ島のヌラ・ライ国際空港に着き、マスクを輸送してくれる航空会社を探そうとしたが、広大な空港では中国語を話せるスタッフが一人もいなかった。成す術がない状況に、心がくじけそうになった。
 
言葉が通じないうえに、国際輸送の手続きはとても複雑だった。お腹が空いて疲れきった私たち一家は、空港で途方に暮れた。そんな心細かった時に手を差し伸べてくれたのが、中国南方航空の湖南支店、マーケティングセールス部の王美水(ワン・メイシュイ)師兄(スーシオン)だった。彼が各機関と迅速に連絡を取ってくれたおかげで、お互い初対面のメンバーからなる臨時の調達チームが結成された。そして、ついに第一回目の物資を飛行機に載せることができたのである。
 
私たちは、バリ島に残って調達を続けることにした。予約したタクシーのアリーさんという運転手は、私たちが中国から来たことを知ると、すぐにマスクを着け、あからさまに私たちと距離をとろうとした。だが、私たちが慈済ボランティアであること、そしてマスクを調達して医療スタッフに寄贈しようとしていることを知ると、彼は「慈済のことは知っています。インドネシアで良いことをたくさんしています」と言った。
 
彼のよそよそしい態度が一変して、私たちの物資調達にも熱心に付き合ってくれるようになった。こうして、私たちのチームに新たな戦力が加わった。また、ずっと困っていた言葉の問題についても、ようやく助っ人が見つかった。インドネシア留学生のミス・ベンティが、ボランティアで通訳をしてくれることになったのだ。
 
私たちは毎日、予防物資を求めて歩き回った。店舗はどこも売り切れだったが、何度も不思議な縁に導かれて、医療用品の卸し業者にたどり着いた。そのおかげで私たちは、医療用マスクを次々と購入することができた。だが、世界のコロナ禍の状況は刻々と変化し、インドネシア政府は二月五日より中国直行便の運行を停止すると発表したため、私たちは調達した物資をその期日までに飛行機に載せなければならなくなった。
 
搬送手配、税関申告、通関手続き及び各機関との対応等それぞれの場面で、長沙市、広州市、ジャカルタ、バリ島の慈済ボランティアたち、そして花蓮本部の師兄と師姐(スージエ)の皆さんによる熱心な指導と協力をいただいた。おかげで私たちはインドネシアでの八日間に三十二万七千点余りにのぼる医療用マスクと医療用手袋を調達し、それを直ちに中国国内へ発送し、感染防止の第一線で働く人々のもとへ届けることができたのである。
 
今までの生活では、マスクはありふれたものに過ぎず、コストは一枚あたり一元にも満たなかったはずだ。地面に落ちていても拾おうとする人のいない一元硬貨を思わせる。だがこの春節の間に、その取るに足らない日常品が、人々が求めてやまない「贅沢品」になったのだ。
 
慈済人の一家と、愛で結ばれた臨時チームのメンバーは、バリ島でマスクを探しまわり、人々へ送り届けることに奮闘した。愛の力が結集した故に、不可能を可能にしたのだ。私たちに協力してくれたすべての人に心から感謝の言葉を捧げたく、ここに記す。
 
●広州白雲国際空港の駐機場への出入を許可された広州の慈済ボランティアたちは、フィリピンのセブ・パシフィック航空の貨物便として手配された旅客機に乗り込んだ。貨物室が感染予防物資で満たされると、唐惟良(左)とスタッフたちは協力して乗客用座席に防護服を運び入れた。(撮影・李紅莉)

苦労の中に喜びを見出す

私は昨年の十一月に機会があって仕事で広州へ派遣され、一家で広州に移り住み、フルタイムの慈済ボランティアとなった。今年二月にインドネシアから広州へ戻った後、本部の宗教処の指導のもと、感染予防物資調達チームを結成した。最初にしたことは、業者を選定することだった。感染予防物資はひどく不足しており、人々はそれを購入するというよりも、奪い合っているような状況だった。業者の店先はいつも物資を求める人でいっぱいだった。期待を抱いて業者に連絡しても断られることが多く、昼間はいつも電話をかけることに追われた。
 
感染予防物資は品目が多く、またヨーロッパのCE基準やアメリカのFDA基準など、守るべき基準も多い。初めは何も知らず、やっと基準に合う業者を見つけたと思って興奮して台湾に報告したが、皆で詳しく調べた結果、やはり基準を満たしていないと判明したこともある。そんな時は、一瞬にして谷底に突き落とされたような気がした。
 
多くの人々が愛をもって指導と協力にあたってくれたことに、心からお礼を申し上げたい。私たちは多くの見知らぬ業者の中から次第に主要な取引先を見つけ出した。だが業者を選んだ後、複雑で気を揉むような契約の問題が待っていた。感染予防物資は、全額を支払った後でなければ発送されないため、信頼できる業者かどうかを見極めなければならない。多額の慈済の善意からなる浄財を支払いにあてるのだから、取引の安全性を確保することが新たな課題となった。
 
各地の慈済人たちが視察し、業者の監査、契約、物資の検収といった仕事に参加してくれたこと、そして業者を選ぶ際には第三者の実地視察を行うよう提案してくれたことに大変感謝している。それから、私たちが決断を迷った時に、いつも問題の本質を指摘し、私たちが五里霧中にあっても、数多くのリスクを避けて通るようにしてくれた本部の宗教処の皆さんにも改めて感謝の気持ちを伝えたい。
 
私たちは百社以上の業者と商談し、そのうち二十数社と契約を交わした。そしてこれまでに一千万人分以上の感染予防物資を購入し、八十カ国以上の国へ送り届けた。
 
三月の中旬から調達が始まると、毎日がとても忙しくなった。皆が早朝の三時か四時には起床し、静かに数字を整理したり原稿を書いたりして、昼間の調達作業に備えたりすることも多かった。それは簡単な仕事ではなかったが、慈済で長年鍛えられたおかげで、最も苦しい時にも心に一筋の光を見出すことができた。そして證厳法師がおっしゃった「解決策は問題よりも多いはず」という教えを信じ、愛が問題を溶かし去ってくれると信じることができた。
 
物事の困難さはそれほどではないと思われたが、人間関係の難しさが課題だった。臨時に結成された調達チームのメンバーは、お互いに初めて一緒に仕事をする人ばかりで、しかも仕事の内容は専門的で時間が限られており、こなさなければならない事が多く、それらの繋がりも複雑な上に、誰もが自分の意見を持っていたからだ。
 
仏はこう言っている。娑婆の衆生は自我が強く、他人の言葉を素直に受け入れがたい。一人一人意見を譲らず頑固なのである。困難とプレッシャーに直面した時、柔軟さを堅持しながら、効率よく問題を解決し、きちんと結果を出すのは大変難しい。私は、證厳法師の「十在心路」の教えをいつも心中に思い浮かべている。
 
幸いにもこの七年間、人、事、道理において調和が取れ、困難を機に心を磨くように、と言う證厳法師の教えをよく耳にしていた。時間が経つにつれ、皆の心は一つにすり合わされて成長し、気づき、反省し、仕事を通じて心を磨いてきたので、次第に全てが順調に進むようになった。このような任務の機会を与えられたことに、私はとても感謝している。専門的で複雑な仕事をこなし、プレッシャーの中で自分を鍛えながら、自分自身の人間性の弱さに気づくことができた。そして、無明を破り、それを徳に変え、より良い自分に出会うこともできた。
 
この二カ月間の仕事を通じて、證厳法師のおっしゃった言葉が少しずつ理解できるようになった。「生活は仕事のためにと考えて日々の仕事に没頭していると、生活を忘れ、今日が何曜日であるかさえ気にしなくなる。毎日が同じように、ごく単純に、忙しく過ぎていく。以前、仕事は生活のためにするものだと考えていたため、毎日がとても辛かった。今、生活は意義のある仕事をするためにある。毎日苦労していることに変わりはないが、苦労の中にも喜びを見出すことができるようになった。だから、苦しい生活を送っていても、苦しみを感じることはない。苦しさの中に、喜びを感じることができるようになったのだ。
 
申し訳なかったのは、幼い娘に対してである。毎日、師姐と一緒に支部に行かなければならなかったので、しっかり者の娘を一人で家に待たせていたからである。十二歳になる娘は、学校がまだ始まらないので、家で一人オンラインの授業を受けたり、自分で弁当を注文して食べたりと、自宅にひきこもりがちの生活を送った。家の中ばかりで大丈夫だろうかと心配もしたが、彼女は自宅でいたって充実した時間を過ごしていたようである。
 
毎日感謝の気持ちを忘れずに過ごしていると、證厳法師の言葉がよりよく理解できるようになる。感謝の言葉は、いくら伝えても足りない。一人一人全身全霊で仕事に取り組んでくれた調達チームの皆さん、そして私たちを忍耐強く支えてくれた師兄と師姐の皆さんに、心からの感謝の気持ちを伝えたい。
(慈済月刊六四四期より)
 
NO.285