慈濟傳播人文志業基金會
適時のケアは続いている
台湾 弱者世帯へ
 
台湾全土の弱者世帯数は五万戸を超える。コロナ禍で慈済ボランティアが連絡すると旧知のように挨拶を交わし、家計への影響などを話し合った。電話や家庭訪問で寄り添い、経済的苦境に陥っている彼らに、直ちに支援の手を差し伸べている。
 
炎夏の中で突然降り出す豪雨。時は夏に入り、台湾のコロナウイルスの感染状況は落ち着きを見せている。数か月続いたコロナ禍の中で無事に過ごせた家庭もあれば、収入が激減したり仕事に響影が出て、生活に困難をきたしている家庭も少なくない。
 
新北市在住の顔さんは、元は行政の下請けをしていた。長期にわたる仕事のストレスから去年十二月に体を壊し、やむなく仕事をやめて自宅療養を強いられた。当時、兵役を終えたばかりの息子はイベント会社に就職したが、感染が拡大する中、集会が禁止になり、二月末から仕事が激減して給料は半減、三月に入るとさらに無給になった。五月初め、顔さんは家計を助ける為に、仕方なく病院内配送の仕事に就いた。少ない給料で生活費、水道・光熱費、そして家賃を賄った。家賃の一万五千元(約五万四千円)は既に親戚から借りていたが、彼女は預金残高を見て長くもたないことは分かっていた。そんな時に、新北市中和在住ボランティアの林さんから電話があった。この電話の縁で慈済(ツーチー)は、顔さん母子がこの難関を無事に乗り越えるようにと支援を再開した。
 
「『その電話を受け取った時は、まるで大海で浮き沈みしている時に浮木を掴んだような感じでした』という顔さんの話を聞いた時、私は助けを必要とする家庭をまた一つ見逃さなかったことに喜びを感じました」と経験豊富な訪問ケアボランティアの林さんは当時のノートを取り出し、通話内容の記録を見ながら当時を振り返った。
 
コロナの影響による経済的打撃に対応する為、台湾の行政院は苦境に陥っている会社や家庭或いは個人、弱者世帯の子供、低収入世帯、そして心身障害者を助ける為に支援策を打ち出し、四月から六月の間、月額一千五百元(約五千四百円)の生活補助金を支給した。しかし、一部の弱者家庭は支給条件に適合せず、それを受け取る機会を逸した。
 
コロナウイルスの流行期間中、慈済ボランティアによる地域ケアは途絶えたことがなく、四月中旬から法師の指示に沿って、台湾全土で既に登録しているケア世帯及び二〇一八年に遡って今年四月までに生活が改善した五万もの「ケア終了」世帯に対しても、「大愛で以て寄り添い、福を造り善行する」と名付けた支援活動を始めた。取り残された家庭がないように、台湾全土のボランティアと社会福祉人員は電話訪問を行って査定した。
 
林さんは四月下旬に地域別に仕分けしたケア世帯の名簿を受け取った後、ボランティアの許淑雲(シュー・スーユン)さんと李玉華(リー・ユーホヮ)さんに協力を依頼して、某日の午後に林さんの家に集合し、名簿にある五十数世帯に慰問の電話をかけた。
 
●慈済の訪問ケアボランティアは、ケア世帯或いは既にケアが終了した弱者家庭を訪ねることで、支援の必要性を了解している。ボランティアの林春金(右)は自分がケアするシングルマザーを励ました。

踏み込んだケア ボランティアの心配

「法師様と慈済が私を忘れてなかったことに感謝します」と陳さんが言った。彼女はベトナム国籍のシングルマザーで、夫の薬物中毒と家庭内暴力に我慢できず、離婚し、独りで娘と生活している。林さんは名簿をもらうと直ぐに以前、コンタクトがあった陳さんに連絡した。林さんは電話訪問で、陳さんは市場で経営していたベトナム家庭料理の屋台をコロナ禍の影響で既に閉めていたが、不幸中の幸いで果物屋で働く機会を得たことを知った。陳さんが遠慮して困窮を話さないことを心配した林さんは、数日してから果物屋を訪れ、自分の目で陳さんの働きぶりを確かめてから胸を撫で下ろした。「彼女が私を見た時、私をきつく抱きしめました。そのことから彼女の心の中では、慈済がどれだけ大きな存在かを感じ取ることができました」。陳さん親子は生計の最も困難な時期を乗り越えており、彼女は林さんが電話訪問した中でも比較的安定しているケースだった。
 
各案件の家庭事情をよく理解していないため、林さんたち三人は先ず、過去の記録を探し出して各世帯の背景を理解し、今後のケアの方針を決めてから電話をかけるようにした。
 
「例えば仕事がうまくいかず生活が困窮しているという記録が残っていれば、私たちは仕事の状況に重点を置いて話を聞きます」。法師が苦難に陥っている人を気にかけておられると知って、林さんは喜んでこの使命を受けた。助けを必要としている家庭を見落とさないよう、昼間に連絡が取れない相手には夜に連絡を取り続けている。
 
以前からボランティアと交流がある相手は、「慈済ボランティア」からの電話だとわかると、その思いやりを嬉しく感じ、最近、心に鬱積していることをボランティアに話すこともある。「一番嬉しいのは多くの家庭の生活が向上しており、家族同士の仲がよくなっていることです」。「多くの家庭は以前、娘と父親の仲が悪かったのが、今は親子関係が改善して、家庭内に活力と希望が満ちていることを感じました」と林さんは喜びに満ちて言った。
 
コロナ禍の中でも、台湾は世界に誇れる「奇跡の感染予防」ができているが、地球規模の経済の中においては、レジャー、輸送、飲食などの業種で売上が落ち込み、パートの仕事が激減している。そのような様々な社会変化が一部の弱者家庭を困窮させている。顔さんのようなケースは少なくない。既にケアを終了した対象者の中にもやっと均衡レベルに達した家計がコロナ禍がもたらした衝撃で再び困難に陥った人もいる。
 
労務省の統計によると、今年の六月中旬までに「無給休暇」を取らされた人は台湾全土で三万人近くに上り、この十年間で最高となり、大量解雇に踏み切った工場は四月末で五十六件になった。台湾は既に二カ月も国内感染ゼロの日が続いているとはいえ、経済成長が下降をたどる今、不安定な仕事、貯蓄不足、病気など異なる原因で緊急に現金を必要とする家庭は、再び「貧、病、苦」の悪循環に陥る恐れがある。
 

●感染症が少し緩和されてから、訪問ケアボランティアの林春金(右から1人目)は何人かのボランティアを家に集めて意見交換した。かつて慈済の支援を受けて会員になった人が近況を報告した。

人生の危機 適時に支援の手を差し伸べる

「初日の電話訪問で驚きました。多くの家庭の事情を聞いて気持ちが重くなり、昼ご飯があまり喉を通りませんでした」。中部地区の経験豊富なボランティアの蔡雪桜(ツァイ・シュエイン)さんは、電話訪問を通して多くの弱者世帯が職場でのシフトを削減されたり、減俸になったり、又失業保険を受け取れない状況下で生活が切迫している話を聞いた。すべてがコロナ禍によるものではないが、電話訪問した中でケアを必要とする世帯が三分の一を超えており、蔡さんは切なさを覚えた。一番印象に残ったのはひとり親家庭だった。
 
「生活があまりにも苦しかったので、私は下の息子と無理心中することを考えました」。シングルマザーの観さんは介護の仕事に従事しているが、小柄なために介護の対象が限られている上、コロナ禍で入院患者が減った為、収入に影響が出た。大学を卒業した長男は就職が上手くいかず、工業高校在学中の下の息子は二つのアルバイトを掛け持ちし、自分の学費と生活費を稼いで母親の負担を減らしていた。
 
しかし先日、アルバイトを終えた下の息子は、仕事帰りに疲労から不注意にも駐車していた車と接触事故を起こし、その賠償金を払う羽目になった。気落ちした観さんと下の息子は命を絶つ考えが頭をよぎった。まさにその時、蔡さんからの電話が、その家族に一筋の希望をもたらした。事情をよく理解した後、翌日にボランティアが訪ねてから、再び個別案件として寄り添うようになった。
 
コロナ禍の中で、多くのケア継続中またはケアは終了したが、収入源が変動し易いケースには、就学中の子供や病人がいるために生計が難しくなっている家庭がある。貧困による病、病による貧困という悪循環がコロナ禍の衝撃で更にひどくなっている。慈済ボランティアはケア訪問する時、特に現状をよく聴いて判断しながら支援している。
 
「私の病気で家族が苦しんでいます。家族に迷惑をかけることが心配です」と口腔癌末期患者の呉さんは、何時病状が悪化するかわからない状態で、言葉が自由に話せず、筆談で自分の焦る気持ちを紙に書いた。短い言葉に切なさが伝わってきた。
 
呉さんは台中のボランティアである蔡さんの担当だったが、昨年ケースが終了した。今回の訪問で蔡さんが気づいたのは、呉さんが悩んでいるのは未払いの十万元(約三十六万円)の治療費が家計の重荷になることだった。息子は彼の定期検査に病院へ付き添っていくため、勤務時間を減らさなければならない。ショッピングモールの清掃員として働いている奥さんも仕事のシフトが安定していない。せめてもの足しにと大家さんが家賃を下げてくれたのだが、生活は依然として苦しい。蔡さんたちボランティアは呉さん一家の困難を緩和する為に一時金を支給することにした。
 
「呉さんの家に着くと、彼らは以前、置いて行った竹筒貯金箱を持って来ました。中にはお金が七、八分目まで入っていました」。この家庭は生活がどんなに苦しくても、自分よりも苦しい人を助けたいという善意を持ち続けており、格別に「貧しき中の富める者」という印象を受けた、と蔡さんが言った。経済的支援の他、慈済ボランティアは継続的に呉さんとその家族の心に寄り添って様々な支援を続けて行くつもりである。

長く寄り添い 自分も人助けする人になる

「ケア世帯の観念を正しく導けば、彼らの生活は自ずと好転します」。今回一連の活動を通して、林さんはかつての寄りそいや導きが多くの家庭に好影響をもたらしていることに喜びを感じている。
 
ボランティアの時を得たケアは、社会に忘れられがちな弱者世帯に温かみをもたらし、困窮にある多くの人々も己れが助けを要するにも関わらず、施しを惜しまずに自分よりも苦しい家庭を助けていることが分かった。近い将来に人々が懐かしい平凡な日常生活に戻れるよう期待している。
(慈済月刊六四四期より)
NO.285