慈濟傳播人文志業基金會
サラリーマンの夜間ボランティア
【資源回収拠点 臨時の場所での楽しい活動】
 
地域に点在する慈済の資源回収拠点は、
多くの高齢者にとって大切な場所である。
昼間ここに来ると大家族の中にいるようで、お互いに世話をし合う。
では、その機能を発揮しているのは、果たして昼間だけだろうか?
 
十数年前、台湾人のライフスタイルが変化するにつれ、「夜間の資源回収拠点」が誕生し、サラリーマンでも参加できるようになった。新北市の蘆州地区で毎週木曜日に行われる夜間の資源回収はその代表的なものである。
 
蘆州にある静思堂を訪問した日は雨が降っていた。それで時間を改めてインタビューをしようと思ったが、活動は通常通り行われていた。慈済ボランティアの陳金海(チェン・ジンハイ)さんは車を運転しながら、道に沿って麺類の屋台、オートバイの駐車スペース、路地裏の公園など目立たない場所の一角に積まれた資源ごみを指差した。そして、雨よけにビニール袋を頭に被ったボランティアが手で分別に専念していた。
 
同行してくれた慈済ボランティアの陳月美(チェン・ユエメイ)さんの説明によると、二〇〇三年に陳金海さんのアイデアで夜間資源回収が始まり、毎週木曜日の午後七時に住民が資源ごみを持ち寄り、リサイクルボランティアがそれぞれの集積所で基本的な分別を行うと、資源回収車で蘆州リサイクルステーションに運び、そこでさらに細かく分別している。最も多い時で、蘆州には四十五カ所もの夜間資源回収拠点で、五百人以上のボランティアが投入していた。
 
新北市蘆州区にある慈済の「夜間資源回収拠点」では毎週木曜日の夜、地域住民が晴雨にかかわらず地球を愛するために集まる。回収作業が終ると、直ぐに片付けて元の状態に戻すため、付近の交通には影響しない。
 
「一枚の紙で、世界と良縁を結ぶことができます」と、十七年経っても、陳月美さんは当時の合言葉をはっきりと覚えている。現在は二十余りの拠点しか残っていないが、場所も大通りから路地に移った。それは地域で環境保護意識が人々に浸透し、多くの隣長や里長が回収を呼びかけるようになり、奨励するところまで出てきたからである。また、ありがたいことに、慈済の分別がしっかりしていることが評判になり、資源ごみを一時的に家に置いて木曜日に持ってくるようになった。
㊟隣と里は台湾の行政区分。
 
雑談を交わしながら、私たちは一軒の民家の前に立ち寄った。その夜間回収拠点は十六年以上運営されており、それも慈済会員の愛によるもので、無償で提供使用されている。回収拠点の責任者である慈済ボランティアの王碧花(ワン・ビーファ)さんはちょうど会社からの帰りで、自転車に大きな透明なビニール袋を縛り付けていた。デパートの紳士服売り場の見本を作る彼女は、いつも会社で資源ごみを集め、地下鉄に乗って蘆州まで持って来て分別している。
 
動作がテキパキとしている楊萬来(ヤン・ワンライ)さんは隣の通りにある回収拠点の基本メンバーである。以前、夫婦で臭豆腐の店を経営していた時、毎晩リサイクルの時間になると奥さんに店を任せてリサイクルの仕事をしていたが、そこで多くの環境保全についての知識を学んだ。「以前、店ではごみを無造作に散らかすばかりで、分別などできませんでした」と当時を思い出した六十六歳の楊さんは恥ずかしそうに言った。王碧花さんによると、以前は汚れた紙容器を受け取っていたが、今では誰でもまず洗ってから持ってくるようになった。もっと多くの人が「清浄は源から」を実践することを期待している。
 
一時間も経たないうちに、山のように積まれた回収物が一つ一つの袋に整理されて資源ごみとなり、回収車で運び出された後、その場は元どおり清潔になった。蘆州環境保全教育センターでは早くから五十人以上のボランティアが集まって、戻ってきた回収物を全部開けて広げ、素早く紙容器と各種プラスチック、鉄缶、アルミ缶などに分別しており、九時過ぎにやっと帰宅した。自家用車で回収物を運ぶ実業家や家庭主婦、会社員、退職した高齢者など身分はそれぞれ違っても、地球を愛する心は皆同じなのだ。
 (慈済月刊六四五期より)
NO.287