慈濟傳播人文志業基金會
地域のリサイクルステーション 入門を歓迎
学びの始まり
 
初期の街頭での古紙回収に始まって、様々な職業の人たちが環境保全に参加し、ボランティアになり、地域に合った多種多様な趣のある資源回収拠点が造られました。ボランティアは地域のリサイクルステーションと共に心安らかに歳を取り、さらに時代の発展に即してステーションに新しい生命を吹き込んでいます。国際災害支援や長期介護などにもその機能は活かされているのです。
 
南投県草屯鎮南埔環保站
 
二〇一九年までに慈済ボランティアが立ち上げた資源回収拠点は、十九の国と地域に一万カ所以上を数え、十一万人のボランティアが地球を守る為に、これらの拠点や街頭で日々忙しく働いています。
 
三十年間の発展を経て、慈済の環境保全志業は台湾の地域社会に深く浸透しました。二百七十カ所余りの回収拠点は、ボランティアが回収品を分別するのに十分な空間を有するだけでなく、修行や環境保全教育などに適した機能も備えています。また緊急災害時には、後方基地として活動を支援します。
 
大都会や山間部、離島の回収所は、限られた空間と時間の中で最大限の力を発揮すると共に、時にはフラッシュ形式で、決まった日時に回収物が集積所に持ち寄られると、簡単に整理してから規模の大きいリサイクルステーションに運びます。また、団地の一角に、古紙、ビニール袋、ペットボトルなどの回収品や台車、箒などの道具を収納しているところもあります。決められた時間に、ボランティアたちは道具を持ち出し、協力してくれる会社や店舗に行って資源ごみを回収しているのです。
 
回収拠点の大小を問わず、ボランティアは證厳法師の「清浄は源から」という訓示を守り、生ゴミやリサイクルできないゴミは回収せず、資源ゴミと回収拠点を整理整頓することで、地域の「良い隣人」となり、縁のある人を迎え入れようと努力しています。

ハイテクパーク 機動回収チーム

都会は人口が密集していて廃棄物が多く、地方よりもゴミの減量と資源の回収を徹底する必要があります。しかし、地価が高い都会で回収拠点を見つけるのは容易なことではなく、台北市南港区の三重回収拠点が典型的な例です。
 
毎週月、水、金の午後一時半になると、少人数から成るチームが狭い路地から台車を引き出して、高いビルが立ち並ぶ南港ハイテクパークに向かい、正面ゲートを経て、リーダーが警備室で身分証と引き換えに入場証をもらうと全員でパークに入ります。「中にはオフィスがあるので、話し声を抑えて下さい」とボランティアの廖婉汝(リャオ・ワンルー)さんから注意を促されました。
 
金曜日の午後、パーク内の広場に着こなしの良いサラリーマンたちが行き交う中、張月蘭(ジャン・ユエラン)さんら三人のボランティアがフードコートを通り越してガラスドアを開けると、にわか雨で濡れた梱包材が置かれてありました。手慣れた様子で素早くその中の段ボール箱を平にし、台車の上の紙箱に整然と入れました。
 
高層ビルのオフィスは無断では入れませんが、行き先の会社は慈済の理念を理解しているので、決まった時間帯に資源ごみを公用の場所でボランティアに渡してくれるのです。厚い段ボールと包装材を処理する為に、ボランティアはカッターナイフを用意しているだけでなく、帚と塵取りも用意しています。「四、五年前は山のように積まれていましたが、今は景気の関係なのか、半分に減りました」とボランティアの陳秋蓉(チェン・チウロン)さんは言います。
 
外資系コンピューター会社管理部アシスタントの張さんによると、団地内の会社の殆どはオフィスを賃貸しているそうです。彼女の会社はメンテナンス部と倉庫もありますが、大型設備を梱包する段ボール箱や包装材が大量に出ることに上司が頭を悩ませていたところ、「我々は慈済の回収拠点が近くにあることに気付き、リサイクルボランティアに回収をお願いしたのです」。
 
午後三時前、回収作業が一段落すると、階上に残っていた人たちは落ちた紙屑や発泡スチロール屑を掃き、他のボランティアは台車を一階の積み荷区域まで押していきます。段ボール類は回収業者に渡し、ガラス瓶や缶類は旧荘リサイクルセンターに運びます。
 
ハイテクパークでの回収作業は、通常三時間以内に終わりますが、二十年以上も続けるのは容易なことではないと言えます。
 
一九九六年にパークの建設が始まり、環境保全ボランティアの陳建智(チェン・ジエンジー)さんと陳詹燕(チェン・ジャンイエン)さん夫婦は、このパークの重鎮と縁を結びました。しかし、資源ごみと道具を収納する場所は何度も変わり、最終的に燕ママが善意のある地主を見つけて、三重路の路地裏にある使われていない養豚場を借りて今に至っています。路地から見ると、古色豊かなレンガ作りの家の後ろに巨大な南港展示館が建っているという場所です。
 
「燕ママは二十数年前から始めました。私は約七年前に来ましたが、当時は人手が少なかったので、遅くまでやっていました」。リサイクル拠点の現在の責任者である廖さんの話です。人手が最も少なかった時は彼女を入れて三人しかいませんでした。幸いに今では人手が充分に足り、皆、奉仕できる機会を惜しんで、自発的に集まってくれます。三重路リサイクル拠点はパークの二十数社と良縁を結び、皆が協力して環境を守ると同時に、現代的でハイテク技術のひしめく街に温かい人情味を添えています。
 
台北市南港ソフトウエア工業団地の三重路でリサイクルボランティアは20数年にわたって、晴雨を問わず毎週約20社の協力会社や店舗の資源ごみを回収している。

川沿いの小さな町 アイデアの実験場

都会で土地が取得しにくいことに比べて、地方に住むボランティアが活動できる空間は広いのが利点です。草屯鎮隘寮溪の中潭公路に近い南埔環境保全教育センターは、ボランティアのアイデアと能力を極限まで試す場になっています。
 
マットレスの針金のスプリングで作った柵は通気性がよく、紙屑やビニール袋が飛び散るのを防ぎます。また、手洗い水槽の下の鉄のフレームはミシンをリサイクルしたものですし、「南埔環境保全センター」の看板は五つのドラム缶を利用しています。センターは広くて日蔭も多く、お年寄りたちが資源ごみを選別するのに最適です。
 
「私は月、水、金曜日にここに来て、午後は霧峰区の方に行きます。善行して、地球を守り、人類を救う為です」と七十歳を越した洪幼蘭(ホン・ヨウラン)さんは笑顔が印象的で、彼女がリサイクル活動に参加する前は心身の病に苦しめられていたとは想像し難いほどでした。彼女はリサイクル活動に参加して生き甲斐を見いだしたので苦境から離れられたのです。リサイクル活動の仲間は彼女のことを「可愛子ちゃん」と呼ぶそうです。
 
「一人で紙、鉄、アルミを分別しているので、つまらないことを考えなくなりました」と長年、お年寄りに接してきた責任者の林金国(リン・ジングオ)さんは自分が理解したことを分かち合いました。
草屯のボランティアにとって、仏堂のある南埔環境保全センターは、一緒に修行したり、ミーティングをしたりする場所であり、地域の公民会館のようなものです。その上、「節水第一」に設計されているため、非常に実用的なのです。
 
「九年前、環境保全センターの完成間近だった時、私は高い屋根から雨水がそのまま流れてしまうのは惜しいと思い、雨水を回収したらどうかと考えました」。そう心に決めた林さんは近くのビーフン工場から要らなくなった十トンの水槽タンクをもらってきました。そのプラスチック製のタンクは、パイプとの接続箇所にヒビが入っていたので、縄梯子を使って高さ三メートルのタンクに入って自分で修理したそうです。「パイプを取って、接続箇所を開いたままにしました。そして、裏から大きなステンレス板をネジで留めた後、シリコンで隙間を埋めました。水を入れても中からの水圧で水は漏れません。更に、外から鋼板で補強しました」。
 
使えなかった水槽タンクの修理が終わると、林さんは次々に廃棄処分となっていたプラスチック製やステンレス製の貯水タンクを回収し、更に地下には六トンの貯水槽を作った結果、最大貯水量は合計九十六トンにもなりました。
 
貯水槽に藻やボウフラが発生しないように、林さんは雨水を流すパイプにはフィルターを付け、沈殿槽を設置しました。パイプと水槽の蓋は密閉して光と虫が入らないようにしています。こうやって処理した雨水は、床掃除や手袋の洗浄、トイレの水洗などに広く使われています。
 
「九十数トンの容量が有れば、五カ月間雨が降らなくても大丈夫です。数日前の小雨でも水位が上がりました」。林さんによると、南埔環境保全センターは二カ月間の水道料金が三百元(約千円)足らずという記録を打ち立てました。この卓越した成果に、水道局や南投県庁、草屯役所からもわざわざ見学に来たそうです。
 
現在、ある程度の規模を持つ慈済のリサイクルセンターの多くは雨水の回収設備を持っています。「節水の達人」と言われる林さんは、南埔リサイクルセンターの経験を他のボランティアと共有し、節水に尽力しているそうです。
 
南投南埔リサイクルステーションのボランテイアは大型水槽タンクを回収して修繕し、雨水を貯めるタンクとして利用している。貯めた豊富な水は、手袋の洗浄やトイレの水洗、床掃除に役立っている。

リサイクルの成果 エコ毛布を送り出す

ボランティアが各地で場所を探して回収拠点を設ける以外に、各地の静思堂や慈済志業パークも、リサイクルステーションを併設しています。その中で、慈済岡山志業パークの環境保全教育センターは、資源回収区域があるだけでなく、環境保全科学技術展示館があり、同時にエコ毛布の加工も行われています。
 
二〇一七年十一月、大愛環境保全科学技術館が岡山パークに設立されました。ここは慈済で初めての環境保全再生科学技術展示館となりました。館内には小型機械があって、ペットボトルをフレークやペレットの形の再生原料にした後、エステル糸にして紡績するまでの過程を具体的かつ詳細に展示しています。「最後に小型の織機があり、数本の糸を通すと、手で回して織り上げることができます」と管理責任者の林享仁(リン・ホンレン)さんが説明しました。
 
またパーク内には「巧芸坊」がオープンし、中には毛布の裁断機とミシンがあります。ボランティアに呼びかけて毛布を製造すると、緊急災害や国際的な支援ができるだけでなく、参観者は毛布の製造現場を見学することができます。
 
「法師はパークが賑わうことを望んでいるので、我々は普段出荷を急ぎませんが、毎日、誰かが当番で来て、一日二百万枚の毛布を裁断しています」と巧芸坊の責任者・陳金鳳さんが言います。
 
二〇一九年三月、東アフリカの三カ国がサイクロン・イダイで大きな被害を受けた時、巧芸坊は災害支援の為にフル稼働しました。百人余りのボランティアが高雄から来て、昼夜分かたず、三日間で二千枚の毛布を作り上げました。在庫を合わせた合計一万二千六百枚の毛布を二つのコンテナに積み、高雄港からアフリカに向けて輸送したのです。リサイクル資源によるリサイクル製品で人道支援をすることは、「ゴミを黄金に、黄金を愛の心に変える」過程を完全に示したと言えるでしょう。
 
高雄岡山パークの敷地は広大で、設備も整っている。ボランティアはその優位性を活用して、エコ毛布の加工区域を作った。災害支援ができるだけでなく、参観者や環境保全ボランティアにリサイクル資源の再生成果を見せることができる。

不老精神 地域のデイケアセンター

勤務時間帯に各地の慈済のリサイクルステーションに入ると、数多くのお年寄りがそこで「勤務」していることに気がつきます。数万人のお年寄りが家から出て、地球を愛護する仕事をしており、彼らはもう社会のお荷物ではないのです。リサイクルステーションは自ずと地域社会の「デイケアセンター」になっています。
 
「法師が我々にこの機会を与えてくれたことに感謝しています。ここに来なければ、家にいても何をしたらいいのか分かりません」と新北市汐止区のリサイクルボランティアの周敏(ジョウ・ミン)さんが言いました。周さんはある廟で調理ボランティアをしていましたが、転んで腰椎を痛め、右足も手術したため、厨房の仕事ができなくなりました。「幸いなことに秀峰リサイクルステーションに来ることができました。健康でない年寄りも役に立つのですね」。
 
七年間、彼女は平日の毎日、始発バスでガード下にある黄昏マーケットの隣にあるリサイクルステーションに来て、六時半から十時まで働いています。夫である八十四歳の黄文徳(ホアン・ウエンドー)さんと夫婦連れ添って五年前から来ているのです。「私たちは力仕事に慣れているので、この仕事は大変ではありません。リサイクルの仕事をしていると暇つぶしになります。でないと、家で座って居眠りするだけですから」。
 
七十七歳の張正夫(ジャン・ジョンフー)さんは感謝の気持ちを持って奉仕しています。「何年も前に汐止区が大水害に見舞われた時、慈済のお陰で私は一周間、弁当が食べられました」。二〇〇〇年の前後は汐止区で水害が多発し、張さんが慈済の支援を受けたのは一度だけではなかったそうです。自宅の近くにリサイクルステーションがあるのを知って、当時台湾鉄道局に勤務していた彼は技術者としての能力を活かすことができると思ったのです。定年後も秀峰リサイクルステーションに「再就職」し、力の要る金属製品の分別を任されました。「やればやるほど元気になりますよ」。
 
秀峰リサイクルステーションは汐止駅の近くにあり、いつも夜明けと共に賑わい始めます。平日はお年寄りを中心に三十人ほどのボランティアが集まります。「早朝六時過ぎに来て、十時過ぎには帰ります。遅く来た人は昼ご飯を食べてから引き続き仕事をしますが、午後三時になってもまだ人がいます」。「ここではノルマはありません。少しやったら、立ち上がって動き、水を飲んだり、トイレに行ったりして下さい。疲れたら一日休んでもいいのですよ」と汐止の環境保全幹事は時折、忙しくしているお年寄りたちに注意を喚起しています。
 
利益という面から見ると、慈済のリサイクルボランティアがやっていることは時間と手間だけかかって儲からないようですが、心身の健康から言えば、むしろ「損することなく、必ず儲かる」のです。
 
慈済病院と国民健康署との合同研究によると、瓶や缶を処理するには、ねじる、押す、投げる、拾う、体を回す、運ぶなどの動作があり、体全体の筋力、腰関節を鍛える効果があり、認知機能の持続にも良いそうです。そして、選ぶ、探す、分別するなどの動作は目と脳を鍛え、手足の筋力とバランス感覚を強化する効果がありますし、皆で作業をしながら世間話をし、一緒にランチを食べることで、子供や孫が仕事や学校に行って一人になった時でも孤独感を感じなくなるのだそうです。「リサイクルステーションはまさしく老化防止と老人福祉、医療を一体化した場所です」と花蓮慈済病院の林欣栄(リン・シンロン)院長が称賛しました。
 
法師が期待しているように、「慈済人は人を世話する人であり、世話される人ではありません」。三十年が経過し、さらに多くの人を環境保全の法門に導いていくでしょう。できることはまだたくさんあるのです。
(慈済月刊六四五期より)
NO.287