慈濟傳播人文志業基金會
簡素な生活に幸福感
シンガポール政府が部分的都市封鎖を実施した期間、生活は不便だが、相互に理解し合い助け合うことが、何よりも貴重だと思えるようになった。簡単な調理でお腹がいっぱいになれば満足であり、心が静かであれば、今までとは別の幸福が感じられる。
 
 
シンガポールでは、一月二十二日に最初の新型コロナウイルス感染者が確認された。翌週から、私は日常生活でやることを一つ増やした。毎週二、三回、異なった人に電話をして近況を聞き、慰問するのである。そしてシンガポールの最新の状況を簡単なメッセージで、ここに住んでいない親戚や友人に報告しながら、彼らの近況も尋ねている。
 
ウイルスの拡散を断ち切るために、シンガポール政府は四月七日からサーキットブレーカー(部分的都市封鎖)と称する措置を取り、私がかける電話の回数も増えた。幅広い年代の人が、感染症が自分の生活にもたらした様々な苦悩と心配について語る話に耳を傾け、お互いに祝福し合ってから電話を切るのである。新型コロナウイルスは、慢性疾患を持つ高齢者が感染すると重篤化しやすいため、この時期には自宅待機をお願いしている。代わりに体力のある若い私たちが、食糧や日用品の買い出しに行くのだ。
 
その日は、私の家から五キロ離れた所に住んでいる六十代の年配者に電話をかけた。私は心配して彼女に、誰が食材や生活用品は買ってくれているのかと聞いた。
 
彼女は、「娘には足労をかけますが、頼んで週に一回、食材を買ってきてもらっています。私は今外出できず、毎日家の中で座っているだけなので、それほどお腹は空きません。昨日はインゲンの生姜炒めと干し大根の卵炒めを作って御粥と一緒に食べました。今日は蒸したジャガイモと栗と豆腐干をおかずに御飯を食べました。腹七分で十分なので、娘に頻繁に遠い所から来てもらわずに済みます。娘は今、家で働きながら、御飯を作って家事もしていますし、二人の子供の宿題も見なくてはなりませんから、迷惑をかけたくないのです」と話してくれた。彼女の短い言葉から、互いに思いやり、助け合うことの素晴らしさを感じることができた。
 
彼女はまた、栗やジャガイモ、ニンジン、キャベツ、カボチャなど保存が効く食材を購入し、簡単に調理してお腹を満たせばそれでいい、と勧めてくれた。その夫婦はこの時期、感染症に対して慎重になるだけでなく、生活や食習慣を変えることに対しても大らかな気持ちで接し、毎日一歩一歩地に足を着けて生活しているのである。私も彼女の話からポジティブなエネルギーと喜びをいっぱいもらった。
 
私の子供の頃の食生活を思い返すと、お年寄りが今、食べているものとよく似ている。夫もよく言うのだが、当時は高塩分、高脂肪の涎が垂れそうな肉類や魚介類がテーブルに出る回数は、一年に数えるほどだった。私の実家も同じで、食費が足りないと母親は豆腐を蒸してオニオン油をかけ、それに青葱を少し振りかけたものが私たちのタンパク源だった。
 
今回の感染症の有無にかかわらず、夫と私は元々、おいしい食べ物に尽きない欲望を持っていない。豆腐干をスライスにしたものをフライパンでゆっくりと黄金色になるまで炒めた後、塩をかけて出来上がり。また、アスパラガスと新鮮なシイタケの炒め物に熱々の御飯が私たちの昼食である。お腹を満たした後、私たちはそれぞれの幸福感に浸り、日々の暮らしにいそしむ。

地に足を着けて生活し、他人のことを気遣う

私の家族三人は、今とても「簡素」な生活を送っているが、まるで八十年代に戻ったかのような気がしている。
   
その頃、私を連れて外出する時、母はいつも必要な家庭用品や食材を買うとすぐに私を自転車に乗せて家に帰っていた。母親の外出の目的は非常に明確で、あちこち寄り道することはなかった。私の生活圏は、学校と家の二カ所だけだった。
 
自分が母親になってからは、娘を連れて買い物に行くと、買い物が終わったあとで彼女にせがまれて、ショッピングモールの鉢植え売り場や文房具店、レゴ店、おもちゃ屋、楽器店などを見てから帰っていた。しかし、コロナ禍によって、その習慣を変えざるを得なくなった。目的地に着くと、一週間分の必要な食材を買うと、直接家に帰るようになった。驚いたことに、娘は文句を言わないばかりか、経験によって何かを悟ったように、私たちに「ショッピングに行かなくても、ちゃんと生活はできるのね」と言ったのだ。
 
四月から五月にかけて、シンガポール全体がだんだん落ち着いてきた。私は時折り、支援していた数軒のベジタリアンレストランの従業員のことを思い出していた。彼らは普段から黙々とレストランで顧客にサービスを提供していたが、休業している間、元々商売がよくなかったレストランはどうしているのだろうか、と?私たちの心の糧を提供してくれていた独立書店の経営は、あと数カ月耐えられるだろうか?皆、仕事を続けられるだろうか?
 
そう考えながら、私は携帯電話を手に取り、ボタンを押してテークアウトの配送を頼み、ネットで本を一箱購入した。自分のできる範囲で皆をサポートしながら、これからも静かな生活を続けたいと思っている。
(慈済月刊六四四期より)
 
NO.287