慈濟傳播人文志業基金會
コロナ禍での新生活
マスクの着用、こまめな手洗い、ソーシャルディスタンシング。
感染予防の習慣を維持するだけでなく、生活の上で智慧を繰り広げなければならない。 
 
アメリカのネバダ州知事は、今年の三月、カジノの営業休止令を出した。ラスベガスは観光産業がコロナ禍の直撃を受けた都市の一つである。「罪悪の都(The Sin City)」はラスベガスの別名であるが、まさかこの都市には善良なる一面は無いのだろうか?
 
実はあるのだ。或るカジノタイクーンは各大病院に寄付する医療器具を自家用ジェットで送り届け、東海岸や他の感染が深刻な地域にも物資を届けている。ある夜、ラスベガス大通りはブルーライトだけを灯して、第一線の医療スタッフたちに敬意を払った。未だかつてこの大通りの夜景が人々の心をそれほど強く打ったことはない。私はそのニュ―スを見て涙がこぼれた。
 
複数の華人団体が相次いで七、八万枚のマスクを病院に寄贈した。ラスベガス支部の五人の栄誉理事が心を一つにして、一万枚のマスクを慈済に寄贈したが、地元の慈済支部は、そのうち五千枚のマスクをフェニックスシティに届けた。というのも、アリゾナ州の感染状況がより深刻だったからだ。善心による善行は私達にラスベガスの別の一面を見せてくれた。
 
證厳法師は、今年の二月初めから呼びかけ続けている。感染拡大が深刻になるにつれ必要なのは菜食、そして法を聴き、祈ることであり、マスクの着用とこまめな手洗い、ソーシャルディスタンシングという感染予防に良い習慣を身につけるよう促した。
   
「マスクの着用は、口による業を修めることではないでしょうか?良い言葉や感謝、賛美の言葉を話すことであり、もし、この時期にそれができなければ、マスクの中で自分の汚濁の気に耐えるしかありません。嗅覚と味覚を失うことは、よくある感染者の症状の一つですが、六識中の鼻識と舌識にもあたるその現象は衆生に対してどんな警告を発しているのでしょうか?」
 
「手を洗っている二十秒間、水資源を大切にする以外に、丁寧に手を洗って、その中から禅定を見つけるべきです。人との距離を取ることは、心の中に『己に打ち克って礼を復す』の画面を思い出させました。古人は挨拶を交わし、礼を尽くしながら距離を保っていたため、友情が長く保たれ、そこに距離の美があったのです。これは智慧の表現なのです」。
 
法師はかつてこう言ったことがある。今の生活は以前とは違ったものに違いなく、私たちは何かを失っても、得る物の方が多く、得失の体験をする間に仏法と生活の中から智慧を学ぶ必要がある、と。
 
慈済の道場は暫時閉められていたが、法縁者たちに久しぶりの再会が叶うと、師兄や師姐たちは法悦に溢れていた。朝早くから玄関先で私たちの来訪を待ちわびる人、お汁粉や栄養のあるスープを私たちの為に用意した人、またお金を布施する人もいた。しかし、コロナ禍を考慮して訪問客は長居せず、私たちは玄関口でお互いに心をこめて祝福しあった。
 
感染症が次第に収まり、人々が再び集う時、誰もが新しい生活の始まりに共感しているはずだ。私たちは再度手を取り合って地域社会に奉仕し、自分を度すると共に他人をも度して、一緒に菩薩道を歩むのだと信じている。
(慈済月刊六四四期より)
 
NO.287