慈濟傳播人文志業基金會
無常を思い、一秒一秒を心して過ごす
無常を悟り,仏法の真実と教育を体得し、
一瞬一瞬、生命の価値を存分に発揮し、
足を地に付けて、この世に有益な事をするのです。
 
 
普段は時間が過ぎ去る早さに感嘆しますが、今度ばかりは時の過ぎるのが遅く感じられてなりません。実際、時は同じように過ぎているのですが、過ぎていかないのは心の問題なのです!四月二日に起きた台鉄のタロコ号列車事故は、瞬時にこれほど多くの死傷者を出し、悲しみに包まれました。この世が突然、煉獄と化し、肢体がバラバラになり、家族が呼べども戻って来ないことに対して、どうやって耐えたら良いのでしょう。私は何日も続けて、犠牲者を見るのが忍びなく、負傷者の気持ちを考えるといたたまれなくなり、その状態は言葉で言い表すことができません。
 
この世は瞬時にして全てが変わってしまいました。あまりの悲しみに言葉が出ない時、幸いにもこの世に人の温情がありました。「人が傷つけば我痛み、人が苦しめば我悲しむ」という菩薩心と社会各方面からの「同体大悲(人々を自分と一体に思う大慈悲)」という励ましで、私たちは直ちに支援し、被災者を慰めることができました。真っ暗なトンネルと変形した車両の中で救助や傷の手当てをするのはとても困難な作業ですが、皆が最大限に努力と団結で愛の力を結集し、奉仕しました。人間(じんかん)には感慨深い事が多く、感謝の情も言葉では言い尽くせません。
 
犠牲者の家族に思いを馳せると、そのご両親や親しい人達がどれほど苦しみと痛みに苛まれているか、とても忍びなくなり、頭から離れられません。方法をこうじて彼らを慰めても、自分の心の傷を癒さなければならないと分かっています。また私たちは周囲の人をもっと大切にしなければなりません。良縁を結ぶだけでなく、悪縁を良縁と化し、時を把握して「今生で済度し、来世を待っていてはいけない」と思いました。
 
仏陀は「無常」、「苦」、「空」の四文字を用いて人生の道理を言い尽くしました。今回の事故は、瞬時に車体の破損で生命が消失し、言葉で言い表せない苦しみを造り出しました。それは仏陀が言っている、この世の「苦」と万物は「空」に帰すことを証明しています。「苦」と「空」は「無常」に属し、「無常」、「苦」、「空」は人の世の真理なのです。
 
犠牲者は既に此の地を捨てて彼の地へと、それぞれの縁に従って往生しました。私たちは悲しみを祝福に変え、彼らが良い縁の所へ行って、新たな人生を展開するよう祝福しましょう。とても忍びない時、皆が敬虔に心を尽くし、また仏法の真実を体得しました。これは「大いなる教育」であり、真の教育でもあるのです。皆さんが無常を忘れず、着実にこの世に有益な事を成すことを願っています。六道万行とは、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧です。布施は最たるもので、智慧で発揮するのです。布施とは、見返りを求めず、なおかつ「財施、法施、無畏施」を平行して行うことですが、智慧を運用しなければなりません。人生においては着実に奉仕し、一瞬一瞬の生命の価値を存分に発揮させることです。これこそが善業を造ることであり、あらゆる行いは自分に戻ってきます。

常に生命の価値を発揮し、絶えず善行するよう人々に呼びかける

最近、私が話す言葉の中で、最もよく出てくるのが「驚世災難(世を震撼させる災難)」、「大哉教育(大いなる教育)」だと思います。コロナ禍が覆う世界で、地・水・火・風の四大不調和によって暴風雨、旱魃、森林火災などが頻発し、生態が急を告げています。警戒心を高め、さらに覚悟しなければいけません。
 
大宇宙という営みの中で、有形のものには全て「成・住・壊・空」、人体という小宇宙には「生・老・病・死」、そして心には「生・住・異・滅」という過程があります。警戒すべきなのは、心に善の一念が起こってもすぐに消えて定まらないということです。心に涌き上がった時にそれを永遠の念にできるでしょうか?もし心が不健康であれば、無明の煩悩は形ある災難を造り出し、小宇宙が大宇宙に影響して「壊」、そして「空」に向かって歩みを進めてしまいます。
 
衆生の共業(ぐうごう、多くの生物に共通する果報を引き起こす業)とは、無明の煩悩によって作り出された業ですが、それを解決するのも人間なのです。人は自らを救うだけでなく、悟りを開いた後に他人を悟りに導くのです。自分が覚悟すれば、広い心をもって自分を愛し、家族を愛し、遍く宇宙天地間の萬物衆生までをも愛することができます。
 
こんなに広い範囲を愛するのは可能でしょうか?心が広く純真であるなら、自然に虚空をも包み込むことができます。苦しんでいる人、無明に深く落ち込んでいる人に寄り添って、心の束縛から解き放し、禅定の智慧でもって解き放つのです。このような愛なら広く、永遠のものにすることができます。
 
より多くの菩薩が集まって、一緒にこの世のために奉仕するのです。人心の浄化と災難の終息に期待し、この世に悲しみの声がなくなり、人々が苦難から遠ざかることを願っています。
 
一人の声は微小でも、皆で広く法音を伝え、善道へ向かうよう呼びかけ、共に福縁を結ぶことが必要です。良い言葉が一言でもあれば、多くの人々を発心させ、立願へと導くことができます。身をもって愛を発揮する模範になれば、良い話は尽きないほどあるはずで、多くの衆生を済度できるでしょう。一秒毎に生命の価値を発揮し、声を上げて世の人たちと共に善行をしましょう。皆さんの精進を願っております。
(慈済月刊六五四期より)
NO.294