慈濟傳播人文志業基金會
願力で進歩し続ける
台中市鄭驊琪さん
 
 
リサイクルボランティアには、それぞれ自分だけの人生物語と「環境保全との出会い」がある。今年四月初めに台中市福興リサイクルセンターで鄭驊琪(ツン・ホヮチー)さんと出会った。彼女は慈済の長期ケア対象者だが、正真正銘のリサイクルボランティアでもある。七年前、鄭さんと同じく還暦を迎えた年長者の中には、引退生活を楽しんでいる人もいたが、運命の神は彼女に試練を与えた。その年に脳卒中を二回発症し、その結果、右の手脚が麻痺したのだ。元々楽ではなかった生活が更に苦境に陥り、一度は人生に絶望を感じて、自殺することさえ考えた。その後、慈済ボランティアの長期的な寄り添いとケアによって、次第に心の闇から抜け出し、再び人生に希望を取り戻した。
 
彼女は、たとえ小さくても、人から受けた恩は全て言葉では言い表せないほど感動し、心の中でこう発願した。「自分の状況がよくなったら、誰かを助けたい。そして、資源を回収して慈済の善行に役に立ちたい」。彼女は脳卒中を起こしてから七年になる。まだ手脚を自由に伸ばすことはできないが、毎日リハビリとリサイクル活動に励んでおり、生活に余裕がなくても楽しく奉仕している。前ページの写真で逆光に映し出された姿には、道を歩くことさえ大変であっても、人を助けるという願が力となって一歩一歩踏み出し、困難でも歩み続ける菩薩の精神を見ることができる。

片手片脚でもできる

行動が不自由でも、リサイクル作業の日には欠かさず出席する。彼女にとって出かけることは体力と意志力の試練だと言える。右手の筋肉が萎縮しているため、左手で右手の指を一本一本こじ開けてから三輪バイクのハンドルに置く。右脚は保護具を着用することで体を支えている。
 
朝七時過ぎ、彼女はビニール袋の分別区域に現れる。普段は口数が少なく、静かに分別作業をしている。右側の手足に力が入らなくても、左半身を動かすだけで作業ができる。作業速度が少し遅いだけで、分別作業に支障はない。話をして分かったのだが、以前は基隆に住んでいたそうで、一年ほど前に息子が病気になったことで、台中に引っ越したのだった。倒れる以前の彼女は毎日、漁港まで小型トラックを運転して、漁港で屋台を出し、軽食を売っていた。そんな平凡な日々は脳卒中で一変したが、環境保全に出会ってから新たな目標ができ、毎日、三輪バイクで勝手知ったる八斗子漁港や深澳漁港に行って、資源回収をするようになった。付近の住宅も彼女の回収範囲である。寒い冬も暑い夏も、台風や雨の日も、更には回収物を探す時にごみの悪臭に直面したり、釣り針に刺されてけがをしたりしても、彼女の貢献したいという決意は影響を受けることがない。たとえ場所が台中に変わっても、時間を無駄にせず、積極的に打ち込んでいる。
 
 

諦めないリハビリの道

鄭さんは週に五日病院に行ってリハビリをしている。麻痺した部位が萎縮しないようにする以外に、体の機能が最大限に回復することを願って、漢方医の鍼治療を並行して受けることで、筋肉がこわ張る痛みを緩和している。
 
 
その日の午前十一時、リハビリに行くためにリサイクルセンターを出ようとしていたので、私は彼女と一緒について行き、全ての治療が終わるまで付き添うことにした。関節を伸ばすことから手脚の機能訓練まで、近くで観察しながら記録した後、彼女の日常生活の大変さと不便さがよりよく理解できた。彼女がストレッチ動作をしようとする時、先ずリハビリ用のベッドに横になるのだが、その「ベッドに横たわる」という普通の人なら数秒でできる簡単な動作を、彼女の場合は十分近くも時間をかけていた。全身の力をこめ、痛みをこらえてやっと横になることができるのである。その苦痛を分かってもらうのはなかなか難しいが、彼女は何年もの間、このように自分の体と苦楽を共にしながら、毎日の一刻一秒を耐えてきたのだ。
 
リハビリという長い道のりを苦しみではなく、修行と見なし、気持ちの切り替えによって学ぶ態度で望んでいると共に、健全な半身を大事に使って善行していることに、全く頭が下がるばかりだ。
 

恩人の助けで難関を乗り越える

その日、午前中にビニール袋の分別を終えると、左手で歩行器を握って、低い椅子からゆっくりと立ち上がって体をまっすぐに伸ばし、マスクを外して一息ついた後、普段はあまり見せない明るい笑みを浮かべながら満足そうな表情をして私に話してくれた。去年、基隆から台中の福興リサイクルセンターに来た時、みんなは私とはあまり知らない間柄だったが、彼女にとても親切にしてくれたそうだ。当初はビニール袋を分別することもできず、動作も遅かったが、ボランティアたちは難色一つ見せず、忍耐強く教え、励まして、自信を与えてくれたので、ここでは家族と一緒にいるような温かい気持ちになれたのだという。
 
 
「この二つ、どちらも上人から頂いたのよ。」突然手にはめていた数珠を指差して、感慨深げに言った。人生でずっと恩人に助けられて来た。脳卒中で倒れて一カ月余り基隆の病院にいた間、慈済ボランティアに感動させられていなかったら、環境保全という善行を発願していなかっただろう。入院中、テレビで證厳法師の開示を聞いて、とても励まされ、それからというもの、手のひらを下に向ける人になろうと考えるようになった。今では自分の物語で多くの人を励ましている。様々な心身の苦難に苛まれて来た後、彼女が平安な日々を送るよう祝福し、益々喜びで満たされることを、心から願ってやまない。
(慈済月刊六五九期より)
NO.307