慈濟傳播人文志業基金會
無明の火を消しましょう
今の世界は経典の中にある「火宅」のように、
多くの災難が発生しています。
更に気候変動による森林火災や人為的な戦争が勃発しており、
そして人心には無明の火が起きています。
この切迫した事態に、今、人々が目覚め、
世の中を愛で満たすことが、早急に求められています。
 
 
台湾はこの一波のコロナ禍を止めることができず、敵軍が怒涛の如く押し寄せて来るように、医療スタッフは社会のために、城を護る武将のように防護服に身を固め、責務を全うしています。彼らは全身に何重もの防護服をまとい、我慢して飲食を控え、第一線を守っています。毎日こんなに辛い思いをしていると思うと、心が痛みます。
 
彼らは人々の命と健康を護っており、その愛は尊敬するに値します。彼らの安全を願っています。あなたも私も皆で共通の無私の大愛をもって、お互いに感染しないよう護らなければなりません。周りの誰もが健康であれば、自分も健康でいられるのです。一人ひとりの健康が社会の平安につながるのです。
 
一日中マスクを付けていると息苦しく感じられますが、一人になった時にマスクを取ってもいいのです。その実、精神的なプレッシャーは口の息苦しさよりも辛いものです。その苦しさは見ることも触ることもできず、日夜不安でいると、息苦しさを感じ、リラックスする間がないのです。
 
今の世界は火宅のようです。気候変動による森林火災や人為的な戦争、それに人心の無明、その全てが災いなのです。地球に比べると人間は何と小さいことでしょう。しかし、凡夫はあらゆる事に「自分」しかなく、何処に災難があろうと我関せずでいます。このような自我は、飽くなき貪りであり、ただ自分の愛する名利や自分が愛する人、物、環境しか目に入らず、諸々の「自分が好む」、「自分が欲しい」…、自分のものにしたいと思い続けます。
 
実際は両手を広げて持てる物はどれだけあるのでしょうか?両手いっぱい抱えても、満足できるでしょうか?まだ満足していません!手中にある物は手放そうとせず、その上、届かないものも取ろうとします。貪りは飽きることを知りません。貪、嗔、痴が業を引き起こし、強奪したり殺傷したり、禍になるのです。
 
ロシアとウクライナの戦争は四カ月以上も続いています。とても多くの人が不安と恐怖から慌ただしく故郷を離れ、ポーランドなどの隣国に避難しています。両親と共に避難している子供たちに罪はなく、何が何だかさっぱり分かりません。「今をどう過ごせばいいのか」、「家に帰れるのだろうか」、「記憶にある我が家はまだ残っているだろうか」。楽しかった家庭はバラバラになり、人々の生死離別を目にして、なんとも心が痛みます。この瞬時の災難はいったい何時まで続くのでしょうか?以前の無から有になった時代と比べて、再建する方がずっと大変でしょう。
 
 
世の中になぜ戦争が起き、このような悲惨な苦しみをもたらすのか理解できません。しかし、苦難の中にも「愛」を見ることができました。アメリカ、フランス、ドイツ、オランダ、トルコ等八カ国の慈済人がポーランドに集合したのです。至る所で布施し、また難民もボランティアと協力して配付活動をしています。慈済人の行けない所は、人道団体と協力して、苦難の人々の生きる力になっています。
 
彼らは前線まで行っており、私たちは彼らを支援して、諸々の愛のエネルギーが結集するよう呼びかけなければなりません。募金だけでなく、人々の心を啓発するのです。これほど多くの苦難を目にして、苦難の原因が、人類が方向を見失ったからだと知るべきです。また、警鐘を鳴らすと同時に、自分の生命の価値のために奉仕しなければなりません。
 
人類が互いに争い、互いに侵略して傷つけあうという人心の無明が引き起こす災いによって、どれほど多くの人が苦難に遭っていることか、益々不安を募らせています。今差し迫っているのが人心の浄化であり、人々の心の迷いを呼び覚ますことです。助けを求めるのは大変なことです。一人ひとりが自分で祈り求めること即ち、心に愛、正しい信念、戒律に慎むことです。「戒」とは本分を守って、規律を守ることであり、何をしてはいけないのかを知ることです。
 
天気が寒くなったと感じたら一枚羽織り、食事の時間になったら、何の心配もなく座って温かい食事を楽しみます。お腹いっぱい食べ、暖かく着て、安心して住む所があるのは、とても幸せなことです。しかし、同じ一秒でも遠方には苦難の人たちが重たい足取りで行く宛も分からず、歩いています。私たちは幸せを作る機会に恵まれ、良縁を得、その幸せを享受できることに感謝すると同時に、「無縁大慈(無縁の人を慈しみ)、同体大悲(相手の身になって悲しむ)」、「人傷我痛(人傷つけば我痛み)、人苦我悲(人苦しめば我悲しむ)」という仏法精神を発揮しなければなりません。大慈は人心を安定させ,大悲の心で苦難から人々を救うのです。日々、分秒を無駄にしないことです。医療スタッフは一分一秒と人命を救助しており、慈善の一分一秒は世の苦難の人の拠り所となります。
 
小さな力だから何もできないと思わないことです。愛のエネルギーは、一点一滴から集まり、それがこの世を平安にしているのです。喜んでそうしない道理はありません。皆さんが自分の生命の価値を発揮して、この時代に明るい光を灯し、あまねく世の苦難にある人のために尽力して欲しいと願っています。良い縁でもって人生を点検することで心が安らかになり、軽やかで自在になることを願っています。どうぞ精進に勤めてください。
(慈済月刊六六七期より)
NO.307