ジ一本のジーンズを生産するのにかかる「環境コスト」は、
おそらく販売価格を遥かに上回る。
購入を減らすか、または着用の寿命を延ばすことも大切だが、
一方でブランドに「サステナブルファッション」という
新しい風を吹き込み、デニムをリサイクルして唯一無二の
真新しい服に仕立てている社会的企業がある。
詹明珠(ヅァン・ミンヅゥ)さんは手慣れた様子でミシンを操作し、型紙に合わせて裁断したデニム生地を一枚ずつ縫い合わせると、徐々にワイシャツの原型ができ上がった。六十歳を過ぎている彼女は、小児まひを患い、幼少期から行動が不便だった。しかし、器用な手先を持った彼女は、若い頃から服の仕立てで生活の足しにしていた。慈済に参加してからは、回収した生地によるエコバッグの作り方をリサイクルボランティアに教えている。詹さんの人生の大半は、糸通し、裁断、縫製の中で過ごして来た。
三年前、彼女は大愛テレビの『熱青年(熱血青年)』という番組で、若いファッションデザイナー、陳冠百(チェン・グァンバイ)さんの経営する持続可能なアパレルブランドを目にした。そして、台北市迪化街永楽市場四階にあるその工房を訪れたことがきっかけで、力を注ぐようになった。
「私が今やっていることは、生地をつなぎ合わせる作業ですが、できあがる服はどれも唯一無二のものです」。詹さんにとって、生地を縫い合わせて服を作る作業は面白いことなのである。既製服の量産が主流でハンドメイドが廃れつつあるこの時代に、裁縫師として打ち込む場所があって、続けられるということは、この上ない幸せだと思っている。また娘と同年代くらいのこの若い経営者の話になると、感謝する以外に、「若者が起業するのは、本当に容易ではありません!」と、力のこもった声で賞賛した。
「すみません。今、高鉄(台湾新幹線)を降りるところです。十分後に着きます」。月曜日の朝十時過ぎ、陳さんは前日高雄での展示会の日程を終え、朝早く高鉄に乗って台北に向かい、もう一件のメディア取材に急いだ。
二〇一八年に持続可能なアパレルブランド「ストーリーウェア」を立ち上げてから今日まで、陳さんは国内外の展示会に参加し、各紡績メーカーや公益団体、リサイクルステーションとの間を忙しく往来している。また、再就職を求めるベテラン裁縫師や脳性まひの子を抱えて生計を立てようとしている母親たちを指導して、回収したデニム生地でスタイリッシュ且つ有意義な「ストーリーウェア」へリメイクしているのだ。
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60歳を過ぎた詹明珠さんはストーリーウェア工房に全力で取り組み、卓越した洋裁技術で回収されたデニムに2度目の命を吹き込んでいる。 |
優れた技術をさらなる高みへ
「私たちの服は厚みが出てしまう上に、高雄は気温が高いのですが、皆さんは積極的に購入してくれます。一枚一枚の裏には裁縫師のサインがあり、誰が縫製し、何時間費やしたかが記されてあり、消費者からも好評を博しています」。話が高雄の展示会で大きな反響を呼んだ話題に及ぶと、陳さんは喜色満面になった。
彼女は、イギリスの大学院でファッションマネジメントを勉強していた時に「サステナブルファッション」という概念に触れ、同時に「ファストファッション」に関する多くの弊害も理解した。「紡績とファッション産業は既に世界第二の環境汚染源になっており、海洋汚染の原因の二十パーセントを占めています。また、児童労働者が従事しているコットン栽培をはじめ、労働者の劣悪な職場環境などの問題にも向き合わなければなりません」。
物価上昇により全ての物が高くなっているのに、一枚のTシャツの価格は、驚いたことに二十年前より安いのだ!ファストファッションの低コスト、大量生産を支える薄利多売のプロセスにおいて、必ず人と環境が犠牲になっているはずだ。大量消費は大量廃棄を生み出し、世界各国は古着処理の問題に頭を抱えている。
陳さんによれば、「問題は過剰生産にあります。仮にすべてのファストファッションの年間生産量を合わせると、世界の総人口に相当するでしょう!最終的な解決策は、消費者に購入を減らし、良いものを購入するように教えることです。そうすればメーカーの生産は減少します」。
欧米では、数多くの織物やアパレル会社は社会的責任を要求され、一部のファストファッションブランドは、委託製造メーカーに労働者の権利の保障と排出による汚染のコントロールを強化するよう要請している。それによって回収ペットボトルを原料にして服を作るようになった会社もある。エコ意識を持つ消費者の増加により、古着専門店や服のレンタルサービスが盛んになり、欧米では「サステナブルファッション」の流れが起きている。「ファッション産業も二〇五〇年までにネットゼロの達成を願っています。国際市場は持続可能なファッションをとても支持しているので、台湾にとって非常に良い機会なのです」と陳さんは楽観的に言った。
しかし、彼女が創業を決めた五年前は、台湾の消費者意識は変わる前だったので、多量の古着が輸出困難によって、多重の環境問題を派生させ、公益団体にも行き場のない古着が溢れていた。
陳さんは調べていくうちに、古着の中で綿製品の占める割合が最も高く、特にTシャツやベストが多いことから、回収される量も自然に増えるのだと知った。しかし、柔らかい上に薄く、たとえ直接裁断して洋服にリメイク、あるいは再び紡績素材に再生する場合でも、相当な困難を伴うと分かった。しかし、同様にコットン製であるジーンズは、リメイクするのにきわめて適していることも分かった。
「デニムは、百年来の優れた工芸品です。丈夫で破れにくく、流行遅れにもならず、リサイクルしてリメイクすれば、また長く着られます。たとえ着古して色が褪せても、それが自分のスタイルになるのです」と陳冠百さんは説明した。
ジーンズの起源は、十九世紀半ばに起こったアメリカ西部のゴールドラッシュにある。鉱山労働者は、石だらけの川床で金を採掘するため、丈夫で長持ちするズボンを必要としていた。丁度その頃、後にジーンズの創業者となるリーバイ・ストラウスは、手元にあった売れない帆布を長ズボンに仕立て、世に送り出したところ、大好評を博した。その後はカウボーイの間でも流行した。第二次世界大戦後、カウボーイのイメージがハリウッド映画により世界に広まり、その青い帆布は、中国語圏で「牛仔褲(カウボーイズボン)」と翻訳された。
丈夫で耐久性があり、色褪せた後は、また異なるスタイルになるのが特徴だ。長く使用したデニムシャツやジーンズはどれも、使用者の人生とも言える足跡が刻まれている。例えば、陳さんの最初の「ストーリーウェア」は、父親の陳暁慶(チェン・シャオチン)さんが生前着ていたスーツの一部を切り、リサイクルされたデニムと合わせて新しい一枚の服にリメイクしたものだ。「このような洋服は、なかなか捨てられません。たとえいつか着られなくなっても、額に入れて飾れるほどの物です」。
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陳冠百さん(左1)は社会的企業を起業してサステナブルファッションを広める中で、脳性まひ患者の母親らを励ましてここで働けるよう取り計らった。(写真提供・陳冠百) |
完成した全ての服に物語がある
デニムはその生産過程で大量の水を消費し、高度の汚染も引き起こす。コットンを例に挙げれば、一キログラムを栽培するのに、八千五百リットル余りもの水が使われる。加えて、染色仕上げ過程で使用される化学薬剤、排出される廃水及び運送過程での炭素の排出など、一枚のジーンズの生産に使われる「環境コスト」は、販売価格のなんと百倍、千倍以上になる!リサイクルと再生が可能であれば、環境への影響を軽減できるのだ。
環境に優しいだけでなく、陳さんは、社会的に弱い立場の人を支援したり、紡績、服飾造形業界の良能を発揮して振興に繋げたいと考えている。彼女はすでに婦女新知協会(awaking association)、脳性麻痺協会などの公益団体と手を携え、紡績業界を希望退職、または退職したベテラン裁縫師に指導役をお願いして、立場の弱い女性が手に職をつけて自立できるよう進めている。そして更に、裁縫技術も絶えることなく伝承したいと考えている。
「パートナーの数十名の裁縫師は、皆喜んで、各地へ赴いて、協会の女性たちに縫製指導をしてくれています」。陳さんは、大いに協力してくれているメーカーや団体に感謝している。原料の供給面では、個人からのジーンズの寄付のみならず、各紡績工場からも余剰在庫の生地やサンプル生地を入手しており、慈済のサポートも欠かせないそうだ。
彼女の取り組みは、慈済第四期「青年公益実践プロジェクト」賞に入選した。その後、新北市にある慈済の三重リサイクル教育ステーションで回収されたジーンズを提供してもらっているだけでなく、嘉義地区で紡績業に従事している慈済ボランティアの協力のもと、余剰在庫の生地から必要な材料を入手している。「青年公益実践プロジェクト」審査委員である慈済慈善事業基金会の顔執行長も、彼女のロスゼロへの実践、さらに社会リソースと結びつけて女性の就職をサポートしていることを高く評価した。
ストーリーウェアは、過去三年間で既に一万五千枚の洋服をリサイクルしてリメイクし、その際に約七千六百ヤード余りの余剰在庫生地とサンプル生地を使用した。またすべてのデザイナー、裁縫スタッフには仕事に見合う報酬を支払うことを貫いている。
「ストーリーウェア」の価格は今でも、消費者が熟考しても安易に購入できない水準にある。「原材料のほとんどが人々の寄付であれば、どうしてこんなに高いのか、と消費者に聞かれたことがあります。しかし、実際の製造過程は、とても時間と労力を要しているのです。例えば一枚のジーンズを解体するのに、裁縫師は、おおよそ二十分から三十分かけます。多少慣れた人でも約十分から十五分掛かります」。
陳さんは、起業の初心が売り上げの追求ではなく、ファッション産業を温かさのあるものに変えることであり、そして消費者に洋服を大切にするように手引きし、「購入を減らし、良いものを購入する」考えを広めたいのだと話した。消費者の生活習慣の変革のみが、生産者と販売者それぞれが罹っている宿痾を良い方向に転換させることができ、ファッション産業の汚染問題の真の解決になるのである。
「台湾には、素晴らしい持続可能ファッションの生産力があることを世界に知らせ、企業による循環経済の可能性を示したいのです」と、陳冠百さんは語ってくれた。
(慈済月刊六七一期より)
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