慈濟傳播人文志業基金會
動物シェルターで里親が見つかるまで待つ
人が近づいて来る気配を察知した。
足音か微かな物音が聞こえたのかもしれない。
前足を扉に掛け、耳たぶを収め、鼻頭を三角の穴から突き出した。
 
新北市三芝区にある「動物の家」は、
放浪動物の収容に加えて、教育を通じて、
正しい動物保護の概念を伝えることで、
放浪動物に希望のある未来が来ることを望んでいる。
 
 
桃園市にある動物保護教育パークは、建物の外にある堤防の後ろに台湾海峡が位置しているが、飼育している犬の数が多いため、空気中に少し異臭が漂っており、それが潮風の匂いよりも強い。しかし、潮風はそこが辺鄙な場所だということを気づかせてくれる。冬になると、ここを訪れる人は数えるほどしかない。偶にわざわざ来てくれる人の理由を聞くとかなり失望させられる。
 
一人のおじさんと一匹の斑点模様の犬が、二週間前と同じ位置に立っていたが、状況は全く異なっていた。前回、ボランティアはその人が二匹目の犬を飼ってくれることに非常に感謝した。しかし思いも寄らず、今回、彼はその犬に向かって、「言うことを聞かないから、こんな目に遭うのだ!」と声を荒げた。事情を聞くと、おじさんは犬と散歩する時、いつもロープをつけない。しかし、その犬がバイクに乗っていた人を転倒させたため、賠償金を払わされた。それで、彼はもうその犬を飼うつもりはなく、「大人しくしない」とこうなることを見せつけるために、もう一匹の犬も連れてきたのである。

飼いたくない理由は……

動物保護教育パークという名称が付いているが、現段階では、スタッフは一般市民を教育するよりも、犬猫の収容手続きをするだけで手一杯なため、人々はそこを「新屋シェルター」と呼んでいる。犬を散歩させるボランティアグループの敦(トン)さんは無気力にこう言った、「明らかに、殆どの場合はペットを手放したいという飼い主の考え方自体に問題があるのですが、週末だけ奉仕に来るボランティアとしては、犬を連れて来ないでほしいという訳にもいかず、週一日でも飼い主に見捨てられた犬に温かさを与え、散歩させたりして過ごしているのです」。
 
道端にペットを直接捨てる違法行為とは異なって、シェルターで手続きをして飼育を放棄するのは合法である(公式の名称は、「引き続き飼育しない」である)。元々この制度は飼育が困難になった飼い主のために作られたものだが、今は飼い主の責任感が低い台湾で乱用されている。見捨てられたペットでシェルターの運営が行き詰まらないように、地方自治体は動物を預ける時の条件を引き上げており、今では多くのシェルターは「新たな飼い主を探す期間」という条件を付けている。もし、飼い主が続けて飼育したくないというのであれば、先ず、申請してペットを手放すという公告期間を経た後、初めて送られて来ることができるようにしている。全台湾でその「待ち期間」が最も長いのが台中の六十日である。
 
「飼育放棄の理由はまちまちで、引っ越しや離婚、犬に対するアレルギー、吠え過ぎる、吠えない、トイレのしつけが出来ていない、病気などです。飼育したい時は絶対に責任を持って飼うと保証するのですが、事情が異なってくると責任を回避しようとします」。台中市動物保護局動物収容科の洪恵雅(ホン・フイヤー)科長によると、飼育放棄の理由が動物の行動にある場合、スタッフは飼い主に対応方法を教え、公告期間の六十日の間に再度試してみるよう勧める。そういうタイプの飼い主は動物に対する愛情を持っており、どうすればいいのか分からないだけで、教えた方法を試してみると再び来ることはない。だが、そういうのは少数である。
 
洪さんによると、シェルターにいる犬のうち、外部環境の変化に適応できるのは三分の一だけで、殆どの犬は適応できず、閉じ込められたことのない犬は吠え続け、檻を叩いて出ようとする。また多くの臆病な小型犬で、他の犬が絶えず吠えているという慣れない環境に置かれたことから、大きな心理的プレッシャーに陥ってしまった例もある。
 
●「動物の家」南屯パークの張美仙主任(左)とジ・アーク動物シェルターの創設者(右下)及びボランティア(右上)は皆、見捨てられた動物のケアと収容の問題に尽力している。

台湾のシェルターはどこに向うべきか?

猫がシェルターに送られてくると、最初は絶食することがよくある。飼い主に可愛がられて太った猫は最も問題が生じやすく、一日でも絶食すると致命的になりうる。太った猫は絶食すると肝機能が衰え、そういう状況になった場合、シェルター側は猫に点滴をしたり、猫に服や箱をかぶせてストレスを軽減させる。そもそも猫に焦燥感をあたえないようにするには、もう期待できない「帰宅」をさせるしかないのでしょう。
 
台湾の公立シェルターから猫や犬を引き取りたい場合、二十歳以上で、中途で捨てた悪い記録がなければ、あとはスタッフの判断に任せることができる。現在、新北市と新竹市のみが引き取り手続きを終える前に、飼い主の責任教育コースを受ける必要があるが、一回のコースで役に立つのだろうか?もし本当に具体的な基準を設置するなら、どんな基準が合理的且つ厳格と言えるのだろうか?
 
●新北市三芝区の「猫ゆりかご」は、猫が適応できる三次元の活動空間を設計して、シェルターという堅苦しい印象を取り除いている。
 
多くの愛犬家が憧れるドイツを例にとると、野良犬が全く見られないので、シェルターでは殺処分がない。犬を飼う条件は、多くの国にとっては手が届かないが、その基準は、社会制度に頼るだけでなく、国民の意識によって成り立っている。実際、台湾の規定の中には、ドイツに当てはめると厳しすぎるものもある。例えば、一度でも飼育を放棄したことがあれば、永遠に飼育することができないという罰則は、ドイツ人にとって非常に驚くべきことである。というのも、ドイツ人はどうしようもない状況下でしかペットの飼育を放棄することがないため、それは将来、飼育可能になった時に、彼らが良い飼い主にならないことを意味しているとは限らないからだ。
 
マリアは十歳の時に両親とドイツに移住し、既に四十年以上住んでいる。彼女は、一九八四年という早い時期に、台湾からドイツに野良犬を送って飼育してもらっていた。今、彼女はより積極的に台湾のボランティアと協力して、ドイツで野良犬の引き取り先を探している。マリアによると、ドイツでは飼育する犬にチップの埋め込みを強要はしないが、毎年八十から百五十ユーロほどの「犬税」を払う必要がある。大都市の方が税金は高く、全ての犬に納税済みプレートを着ける義務があり、着けていない場合、警察はその場で百五十〜二百ユーロの罰金を課すことができ、飼い主に直ぐ納めるよう要求する。
 
ドイツの公立シェルターから犬を貰い受けたい場合は、約二週間待つ必要があり、申請後、シェルターからボランティアを派遣して、飼い主の家を訪問する。問題がないことを確認した後、百五十ユーロの飼育費を支払う。シェルター側は飼い主が動物の医療費を負担できることを確認する必要があるため、訪問前の書面審査段階では、「給与」も考慮される。マリアによると、「シェルターは職業のない人や一部屋に住んでいる人、長時間労働の人には犬を飼育させません」。しかし、このような理想的な飼い主の選択は、シェルターの犬の数が少なく、人々がこれらの規定の基準を高いと思わない状況下で初めてできるのである。
 
アメリカも野良犬がいない国であるが、ドイツと異なる点は、収容所では依然として大量の遺棄問題が多いことである。動物愛護団体「Best Friends Animal Society」の統計によると、一九八四年は一年間で千七百万匹の猫と犬が殺処分され、二〇一六年には二百万匹、二〇一八年には七十三・三万匹が殺されている。数字で見ると少なくないが、明確な改善は将来、収容所で殺処分がゼロになる希望を見せてくれている。また、シェルターの引き取り規定は「基準を引き下げる」方向に向かっている。
 
台中市動物保護所のスタッフが二〇一八年にロサンゼルスを訪問した際、公立でも民間のシェルターでも相当オープンな態度で、潜在的な里親に接していることに気がついた。「彼らはシェルターがペットショップと競争すべきだと言います。飼いたいと思う人がいても、基準が高すぎるためにショップから買う可能性があるからだそうです。そのような理由で人を逃すことなく、いい飼い主になるよう教育できればと思っているそうです」。動物保護管理科の責任者である林明瑜(リン・ミンユー)氏によると、高い基準を設定しないことは即ち飼い主を選択しない、ということではない。その代わりに、一般の人と話している中で、飼育の仕方を提案し、飼い主が将来問題に遭った時、シェルターに戻って助言を求めるような、ポジティブな循環を形成したいと思っている。
 
●TNR協会は野良猫と野良犬に対して、去勢手術の概念を積極的に推進している。
 
さらに、米国のシェルターは里親の経済状況を審査しない代わりに、民間の支持で裕福でない飼い主を支援するようにしている。例えば、動物保護団体が設置した移動式医療車両は、無料で簡単な治療が受けられる。「シェルター内の動物は常に入れ替わるため、容易に引き取ってもらえます。飼い主が困難に陥った時もシェルターに戻ることができ、州と州の間で互いに収容している動物を調節しています」。林氏によると、この方法が良いかどうかを判断することはできないが、アメリカのアイデアは台湾の参考に値するものであると信じている。彼らは益々多くの人が猫や犬を家族の一員として受け入れ、人々が動物を選ぶのではなく、参加することを厭わなくなることを望んでいる。そうしてこそ、社会全体がペットフレンドリーになるのである。
 
二〇一三年にドキュメンタリー映画「十二夜」がリリースされ、台湾社会に衝撃を与えた。以前、公衆の関心事にならなかった放浪動物のシェルター問題が関心を集め、議論され始めた。台中市動物保護所の秘書である姜淑芳(ジアン・シューファン)さんによると、「それ以前は、シェルターに動物を連れて来た人の殆どは安楽死制度を理解しておらず、『少なくとも道端に捨てるのではなく、ここに連れてくるだけで十分だ』と考えていたのです」。安心できる飼育放棄だと自分だけ納得し、その責任を多過ぎる動物で負担が重いシェルター側に押し付け、彼らを死刑執行人と呼んでいたが、今はそういう非難は大分少なくなっている。二〇一七年、台湾はシェルターでのゼロ殺害政策を実施し、健康な動物を安楽死させることはなくなった。放浪動物の数が減少せず、飼い主の質が向上していない状況下では、多くの人々は依然として簡単に動物を飼育したり、放棄したりしている。しかし、姜さんは、政策の実施後に派生的に出てきた策略が民衆の責任教育に役立ち、飼い主に放棄する前に冷静に考える期間を与え、シェルターと彼らがコミュニケーションを取る機会を増やしていると考えている。
 
しかし、台湾では今だに大量に飼育放棄が起こっているという問題から見ると、多くの民衆の心理はまだ政策に追いついていない。マリアによれば、ドイツで犬を飼うことは新しい家族の一員を迎え入れることなのだが、台湾にはまだそのような社会的雰囲気に欠けている。殆どの人はまだ「ペット」を飼っているのだ。敦さんは、多くの人は猫や犬に食べ残しを与えて、病気は治療する必要がない、という時代を経てきており、高まってきている動物保護の意識に追いついておらず、飼い主の責任に対する理解も世代間のギャップがある、と言った。姜さんによると、現在、里親になるにしても購入するにしても、猫や犬は「商品」という雰囲気はまだ強く、見た目を選ぶことは避けられないが、多くの人はその生命と十年以上付き添うことになるという認識に欠けており、動物と彼らの個性と人生計画における適合性をあまり考慮していない。
 
●新北市新店区では、地元ボランティアが仮設の猫小屋を設置し、野良猫にシェルターと食べ物を提供している。

動物シェルターを「教育センター」に戻す

このような状況下でどのようにして、飼い主として適切でない人に飼育する前に放棄させ、適切な飼い主に諦める前に再考させて、資格のある飼い主になる方向に進めるかが、台中市動物保護所が努力している目標となっている。そして、少しずつコミュニケーションを通して、シェルターがその機能を発揮し、本当に問題を抱えている飼い主にサービスを提供して、様々な動物の問題を解決し、これ以上、収容するだけの場所でなくなることを期待している。
 
さらにこの段階で、教育を通じて飼育放棄を減らすには限度があるが、民間と当局の双方が努力の成果は現れるはずだと認めている。二十歳未満の人はペットの里親にはなれなくても、小さい頃から責任という観念を持つようになれば、将来的に飼育放棄を減らす準備を行なっていることに他ならない。高雄市動物保護所は、二〇一三年から頻繁に学校に行って宣伝活動を行ってきた。近年、設備が整った後、民衆がシェルターに来ることを期待している。里親やボランティアにならなくても、見に来るだけでもいい。要は同情心でシェルターの動物を見て欲しくないのである。
 
高雄市の「動物保護ケアパーク」は、昨年十一月に環境保護署から認定され、「動物シェルター」をテーマにした台湾初の環境教育施設となった。「環境教育法」の規定により、小学校から高校までの教師と生徒は全員、毎年四時間以上の環境教育に参加する必要がある。従って、ここが環境教育施設として認定されたということは、学校からシェルターを訪問する意欲が大幅に高まるのである。動物保護チームの技術者である鄭莉佳(ジョン・リージア)さんによると、多くの学校から、子供たちをシェルターに行かせるつもりはないと率直に言われたことがある。また、猫や犬を愛する人たちは、動物の眼差しに耐えられなくなることを恐れて、シェルターに行くことができない、とよく言う。一般大衆の印象では、 「動物保護活動をする」ことは少し神経質的で、悲しみと道徳的な圧力を背負う。動物保護の概念を広めたいのであれば、そのような考えを取り除く必要がある。以前、訪問者を直接、犬の区域に入らせるという「常軌を脱した」方法を試してみたことがあるが、確かに効果はそれほどではなかった。
 
●台湾犬がイギリスの里親にもらわれ、ティリーの家族の一員となった。「動物の家」を通して、動物の放浪をなくし、「購入する代わりに里親になる」という概念を実践している。
 
「皆がプレッシャーを感じることなく、定期的にシェルターに来て感情の交流を培うだけ、というのは可能なのだろうか?」このコンセプトから、高雄市動物保護所は方針を変更し、学校からの参観日程をゲームとコースだけに絞った。そこでは一、二匹犬が教室で生徒と交流するだけである。その他、昨年末に、彼らは一泊二日の「犬の音楽祭」を開催し、音楽パフォーマンス、文化アイデアマーケット、夜間キャンプなどの活動を行った。台湾の動物シェルターはこんなにも活力があることを人々に示した。鄭氏によれば、面白いコースと不定期なオープンアクティビティを通じて、親子や大学生などにシェルターに来てもらい、また来たいと思ってもらうことを期待している。この変革は教育だけでなく、「潜在的忠実な飼い主」をも増やしているのである。
 
多くの「動物保護先進国」は長いプロセスを経て、やっと今のように民衆が容易に飼育を放棄しないという目標に行き着いたのである。台湾の人は長い間、犬や猫を飼ってきているが、社会と法律の面から飼い主の責任を強く求め始めたのはこの十年で、世代交代の経験はない。役所も一般市民も適応することを学び、観念を変えようと試みている。諸々の理不尽な飼育放棄を短期間になくすことはできず、シェルターは悲しみから抜け出すことができないにしても、教育と社会の流れによる影響で、台湾があのような理想に到達できないことはないはずである。
(経典雑誌二六三期より二〇二〇年に翻訳)
No.289