慈濟傳播人文志業基金會
環境保全の菩薩「ボランティア」に心から感謝する
リサイクルボランティアの手、2016
 
二〇一三年の『慈済月刊』に掲載されていた「大地の保母」というコラムには、リサイクルボランティアの奉仕の記録があった。環境保全を推進してから三十年になるが、私は新たに全てのストーリーを回顧した。映像と文字を通して見ていると、全てのリサイクルボランティアたちに再び出会ったような気がした。彼らの見返りを求めない奉仕の姿に湧き上がった感動は、忘れることができない。このボランティアたちのことを、私自身の働きをもって記録することが、彼らに対して私ができる最大の感謝の表現である。もし縁があれば引き続き、リサイクルボランティアたちがどれほどこの大地を大切にしているかを伝えていくことが、功徳を成就させることになるだろう。

リサイクルボランティアと食事を共にする

リサイクルボランティアの姿を記録して以来、私は彼らの生活が極めてシンプルであることに気がついた。特にお年寄りは修行者のように睡眠時間を削って勤勉にボランティアをし、質素な食生活を送っている。
 
ある時、七十歳ぐらいのリサイクルボランティアを撮影していたが、その時のことは深く印象に残っている。丁度夕食時で、不測の客の私をもてなすために、冷蔵庫の中に保存していた大切な食材を取り出して、キャベツ炒めを一皿と卵焼き、僅かに残っていた数枚のベジタリアンステーキを食卓に並べてくれた。食事する前、彼女は恥ずかしそうに、「これでは足りませんね。実は、昨日茹でたお椀一杯のトウモロコシがあるのですが、出す勇気がありません。もしそれでもよかったら、召し上がりませんか。温め直しましたから」と言った。私は笑いながら、「それも喜んでいただきます!」と答えた。食事中、お年寄りを喜ばせるために、私は全てのおかずをおいしそうに食べた。一気にご飯を二杯食べてから、三杯目を盛り付け用とした時、炊飯器のご飯が底をついていることに気付き、私は茶碗に半分だけ盛りつけた。私たちは食べながら世間話をしたが、このお年寄りはいつもおかず一品とご飯で食事を済ませ、スープとおかずは一度に二日分を作っているそうだ。食事の時はスープをご飯にかけ、短い時間に食事を済ませ、貴重な時間と精神を無報酬のリサイクル活動に投入していた。
 
リサイクルボランティアの食事
 
その日、お年寄りが食卓に座る前に、私は食卓の上にあるあまり大きくないお椀のご飯を撮影した。これがお年寄りのお腹がいっぱいになる毎度の食事の量であり、毎日の体力の源でもある。
(二〇一九年四月一二日に執筆、二〇二〇年に翻訳)
No.289