慈濟傳播人文志業基金會
善事には直ぐ駆けつける
許亜通と陸阿宝の物語
 
定年退職後の生活は、飲み食いや遊びに時間を費やすのではなく、毎日回収物と付き合っていく。台湾の八十、九十歳のリサイクルボランティアがいまだ頑張っているのを目にすると、彼ら夫婦も疲れたなどと言わずに時間を把握している。
 
一九五八年生まれの陸阿宝(ルー・アバオ)さんは、七人兄弟の五番目で、小さい頃から兄弟たちの面倒を見てきた。皆それぞれに結婚した後も商売をしているので、人手が足りない時は自然に、気立ての良い阿宝さんに手伝いに来てもらうそうだ。
 
当時、まだ仕事をしていた阿宝さんは体力に限界があったため、完璧にこなすことができず、手伝いに行くことができなかったことを兄弟に対して申し訳なく思って悩んだことがある。定年退職した後も相変わらず家族のために忙しかった彼女は、悩みがまた増えた。長期にわたる睡眠障害で体が弱り、遂に病に倒れてしまった。長女の許雅玲(シュー・ヤーリン)さんは、心身ともに疲れ果てた母の様子を見て不憫に思い、今までと違う人生の道を歩んで欲しいと望んで、母を慈済に連れて行った。
 
しかし、「私は字が読めないのに、慈済で何ができるの?」と阿宝さんは新らたな悩みを抱えた。その時大愛テレビの番組「草根菩提」で、台湾のリサイクルボランティアはたとえ高齢であっても毎日リサイクル活動をしているのを見て、彼女の悩みが消えた。「リサイクル活動に参加すると、地球を守りながら人助けもできるのね」と、彼女は彼らについていくことを決心した。
 
「以前、家内は気性がとてもせっかちで、悩みをいっぱい抱えていました。しかし、慈済に入ってから大きく変わりました。優しい性格になり、人に会うと笑顔で接しています。一体どの団体がこれほど素晴らしく、短い期間に彼女を変えたのかと興味を持ち、見に行きました」。二〇一二年、阿宝さんの夫、許亞通(シュー・ヤートン)さんが初めて参加した慈済の活動は、回収物の分別だった。
 
●8年来毎日、漳州市の市街地には、三輪車を漕いで地域ボランティアとリサイクル品を運んでいる許亞通さん(左)の姿がある。
 
「ボランティアたちがプライドを捨て、臭いも汚れも気にしない姿を見た時、私はとても感動しました」。亞通さんは直ちにその感動を行動に変え、阿宝さんに従って熱心にリサイクルの仕事をするようになった。そして、二〇一三年七月、近所の億薌新村に回収拠点ができ、資源の回収に誘われると、いつでも直ぐに駆けつけることにした。雨風の強い日も、寒い日も暑い日も一度も欠かしたことはない。
 
しかし、仕事中に資源の回収に呼ばれた時はすぐには行けないので、そのことが彼を悩ませた。そこでリサイクル活動に専念するため、彼は仕事を辞めることにした。「『お金は多くても少なくても、生活できればいいのです』と上人が言っています。私には決まった年金があるから、生活は保障されています」。それ以来、リサイクル活動が夫婦の生活の全てになり、多くの人がそれに感動して参加するようになった。

人に感動を与えるほどの行動

「キー」というブレーキの高い音が、渋滞の中で鳴り止まないクラクションの音と共に響いた。漳州市の市街地では毎日、三輪車を漕いであちこちから回収物を運んでいる亞通さんの姿を見かけない時はない。回収物が多い時、阿宝さんは電動バイクで亞通さんの三輪車の後ろについて行き、一緒に回収をする。住宅地、菜食食堂、商店街、工場でも、一旦呼ばれたら夫婦はすぐ駆けつけるようにしている。
 
二人は三輪車いっぱいの回収物をしっかり梱包した後、すぐ回収業者に持って行く。彼らは多くのボランティアを投入させただけでなく、回収業者の林宝金(リン・バオジン)さんをも感動させた。「彼らは資源を回収するだけでなく、助けを求めている人を助けることを心に決めています。そこに私は感動しました。彼らが無私の奉仕を喜んでしているのを見て、あまり儲からなくても構わないので、私たちも少しでも奉仕しようと思いました」と林さんが言った。林さんは寄付金を出すだけでなく、最も良い値段で慈済の回収物を引き取っている。
 
●夫婦は毎朝、資源の回収に出掛け、昼に休憩した後、回収した物を仕分ける。これら回収物は近所の人が持って来たものもあり、ゴミ箱から回収したものもある。
 
普段は近所の人が回収物を持って来てくれるが、夫婦は地域のゴミ箱に捨てられた資源も拾って家のベランダに置いている。二人は毎朝、回収に出掛け、昼休みの後、家で回収物を仕分けている。「ベランダのスペースは広くありませんが、常に整理していれば、生活に影響しません」と阿宝さんが言った。
 
今年六十八歳の亞通さんは、今の環境保全の仕事は既に自分の本分であり、手に入ったのは喜びと健康だと言った。阿宝さんはペットボトルをつぶして袋に入れながら、「台湾のリサイクルボランティアは八十、九十歳になっても、私と同じ事をしているのです。それを考えれば、疲れを感じません」と笑顔を見せた。

菜食が最もよい実証

慈済のことを次第に深く理解するようになった夫婦は、ボランティア養成講座に参加した。亞通さんは四十年近く嗜んできたタバコとお酒を止め、以前はあまり人と挨拶しなかったが、今は慈済の環境保全理念を広めようと、いつもコミュニティーの人たちに笑顔で接するようになった。その親切で優しい様子は、多くの人を感動させ、リサイクルの日に合わせて家から回収物を持って来てくれるようになった。
 
環境保全に投入すると同時に、二人は菜食を始めた。十歳から一家のために調理を一手に引き受けて来た阿宝さんは、誰もが認める調理の腕前を持っており、山海珍味のフルコースの料理を出すのが好きだった。兄弟たちが褒めればほめるほど嬉しくなって、次回はもっと多めに作った。妹の陸宝玉(ルー・バオユー)さんは、レストランの料理も姉さんの腕には及ばないと言う。「食事会ではいつも姉さんがエビやカニ、魚など、一度にたくさん買って料理し、夜明けまで食べたこともありました」。
 
二〇一三年の九月、亞通さんと阿宝さん、そして娘の雅玲(ヤーリン)さんは、一緒に「心の故郷」と言われる花蓮の静思精舎を尋ね、ベジタリアンになることを発願した。肉食料理が得意だった阿宝さんは、菜食する決意が崩れないよう、頻繁に菜食の店に通い、美味しい料理に出会うと、家に帰って見よう見まねで作ってみた。熱心に食材を研究し、色や種類、栄養面も考えて上手に調整した。美味しくて見た目が綺麗で、栄養もある菜食料理が作れるようになると、家族たちを招いて家で食事会を開いた。
 
●陸阿宝さん(右2人目)は、機会があると親しい人を家に招いて菜食を振る舞っている。以前は魚や肉ばかり食べていた家族たちもだんだん菜食のあっさりした味を好むようになった。
 
「私たちは菜食だとお腹がいっぱいにならないと思っていましたが、食べてみたら、とても美味しかったのです。」と宝玉さんが言った。阿宝さんが得意な料理の腕前を発揮した結果、以前、魚や肉料理が好きだった家族たちも、次第に菜食のあっさりした美味しさを好むようになった。彼女は漳州地域の慈済調理ボランティアの窓口となり、自分の技をボランティアたちに伝えている。
 
菜食して七年、家族が健康になっただけでなく、共に六十歳を過ぎた夫婦は、毎日出掛けて回収物を運んでリサイクルに励んでおり、体力は若い人に負けない。彼らは最も優秀な菜食の実証者である。
 
以前、感傷的だった阿宝さんは「慈済に来ると悩みが無くなるので、兄弟たちも賛成しています。小愛は守らなければなりませんが、大愛はもっと積極的に守るべきです」と言った。定年後の生活は、あちこち旅行して食べ回るのではなく、毎日リサイクルした物と付き合っている。例え体は疲れても、心は喜びに満ちている。それは夫婦が同じ願いを持っているからだ。「私たちもこんな歳ですから、環境保全をする時間は無駄にできません。環境保全を続ければ、もっと多くの人に認識を改めて参加してもらい、この団体をますます大きくしなければいけません」と言った。
(慈済月刊六四八期より二〇二〇年に翻訳)
No.289