慈濟傳播人文志業基金會
環境保全についてじっくり振り返って考えてみる
「上人様、私たちと一緒に行きましょう。船に乗る前にライフジャケットを着用する必要があります。屏東の東港から小琉球までは約八海里(約十七キロメートル)ありますから…まもなく船が小琉球の波止場に着きますよ。上人様、ここにあるデッキをゆっくり歩いてください」。新型コロナウイルス感染症が蔓延する中、證厳法師はクラウド上で、まだ行ったことのない離島の小琉球を含む各地のリサイクルステーションを行脚した。まるで現場にいるかのように、ボランティアは映像に従って法師を案内した。
 
慈済が環境保全で資源の回収に投入して三十年余り、大衆は「環境保全でリサイクルを行う」という概念に既に慣れている。そして台湾は、外国メディアから環境保全リサイクル王国と称賛されるほどである。法師が「拍手する手でリサイクル活動をしましょう」と呼びかけた当時は、経済が短期間に急成長し、消費も高度化したことで大量のゴミも生み出され、それらが環境を汚染し始めた時期だった。
 
現在はリサイクルが既に風潮として根付いたおかげで、環境は大幅に改善された。ただ、環境保全の領域の広さと深さにおいては、さらに多くの人々の参加と関心が待たれる。
 
今月号の主題報道には、二十四年前の台風九号(ハーブ)に関する物語が紹介されている。台湾で大きな被害をもたらした後、中国の福建省に上陸し、現地でも甚大な被害をもたらした時のことだ。慈済ボランティアは災害支援に赴き、その数年後には環境保全リサイクルという概念を広めた。当時の福建省閩南地区は、ほとんどの人が農業や漁業で生計を立てていて、回収した資源の価格は非常に低かったため、ガラス瓶や空き缶はしばしば廃棄されたままで、安全上の問題が懸念されていた。そこで、リサイクルボランティアは手袋をはめて、道沿いに資源を回收した。そして今では、廃棄ガラスを川べりに捨てることをやめ、しかもボランティアが容易に回収できるようにコンクリート塀のそばに積み重ねておくようにしている工場も、いくつか出てきた。
 
その後福建省の経済が発展していく中にあっても、慈済ボランティアは数々の困難を乗り越えて環境保全を堅持し、ついに一般の人々から広く認められるようになった。現在、福建省には百三十一カ所のリサイクル拠点があり、二〇一九年だけで回収した資源の総重量は三千七百トンに達した。多くの年配ボランティアもリサイクル活動を使命としており、彼らの老後の生活を豊かにしている。
 
環境問題への取り組み方は様々だが、最も基本的なことは、「使用を減らすこと」と「リサイクルによる再利用」であり、源から着手してこそ改善が可能となる。證厳法師はいつも、リサイクルボランティアは両手を使って自然を守り、地球に対する真心のこもった愛を発揮していると称賛している。この根気よく物事を続ける精神は、世代から世代へと受け継がれるに値する。
 
リサイクルには全国民の投入が必要である。環境保全を広く展開するにあたって、今まさに、より深い認識と行動が必要となっているのだ。というのは、環境問題の新たな局面、つまり目に見えない汚染が生命を脅かしているという問題の解決へと、挑戦する時期を迎えているからである。例えば、極端な気候変動によって引き起こされる危機が及ぶ範囲は、国と国との境を越えている。今年の七月、台北は百二十四年来の最高気温を記録した。それはエアコンによる電力消費量の急増によって大量の排気ガスが発生したことを物語っている。
 
新型コロナウイルス感染予防対策のため、世界中ほとんどの都市が封鎖された。メディアは一度、その影響として多くの都市では大気汚染がなくなり、自然の清々しい情景が戻ったと報じた。それはまた、経済発展は環境破壊をもたらし、健康を危険にさらす代償を支払う必要があるが故に、どうバランスを取ればよいかを私たちに問いかけていることに他ならない。
 
これらのケースは、環境保全に関してじっくり考えてみることを促しているのだ。ライフスタイルの再選択において、倹約や素朴な生活に戻るためには、まだまだ努力する余地がある。
(慈済月刊六四八期より二〇二〇年に翻訳)
No.289