慈濟傳播人文志業基金會
今まで通り善行する慈済
新型コロナウイルス感染症は世界秩序を乱し、人々の生活パターンを変えた。しかし、この一年間、コロナ禍は未だに終息が見えないだけでなく、オーストラリアとアメリカで森林火災が延々と燃え続け、中国ではこの雨季に豪雨による大災害が起き、台風が何度もフィリピンやベトナムなど東南アジア諸国を襲った。多くの人が苦難を強いられ、揺れ動く不安な世界で、慈済は今まで通り善行を続けている。
 
二〇二〇年は世界の人類にとって最も苦しく、不自由な一年であり、至る所でパニックや憂い、恐怖が満ちていた。目に見えない新型コロナウイルス(COVID-19)が、世界で疫病という戦争にも似た戦いを引き起したかのようだ。一年という長い戦いの中で人類は負け続け、感染症の終息はまだ見えず、変異ウイルスが忍び寄るようになり、より多くの不確実性をもたらしている。
 
二〇一九年末、中国湖北省武漢市で未知の肺炎が報告され、十二月三十一日、武漢市衛生健康委員会は初めて疫病を公に報告したが、その時点では市内で二十七症例が発見されていた。一年後の二〇二〇年十二月三十一日、新型コロナウイルスは既に、世界の二百以上の国と地域で八千三百万人余りに感染し、今年一月十一日には九千万人を突破した。
 
疫病は今までの世界秩序を乱し、人々の元来の生活パターンを覆した。マスクの着用、こまめな手洗い、人同士の距離の確保などは、人々の新しい生活の基本条件となった。遠隔授業、在宅勤務、ビデオ医療は徐々に生活の新しい日常となってきている。 
 
慈済は慈善事業に始まり、半世紀を経て、二〇二〇年でも今まで通り善行を続けている。
 
この一年、止まることを知らない新型コロナウイルス感染症だけでなく、世界各地で災害が頻発した。オーストラリアとアメリカの森林火災、中東とアジアに広がった東アフリカのイナゴ被害、中国の豪雨による重大被害、フィリピン、ベトナムなど東南アジア諸国を襲った数々の台風、レバノンの首都ベイルートで起きた大爆発事故等々。世界中に動揺と不安が広がり、人々が苦難に陥った。 
 
慈済は「慈悲済世」の主旨の下に、今まで通り志業を行っている。コロナ禍に対応して世界五大陸で支援活動を開始し、二〇二〇年には十九の国と地域が新たに加わり、今では百十九の国と地域でケアを行っている。
 
台湾では、常時行われていた慈善活動において、ボランティアの安全を第一にと考えた結果、訪問ケアも一時は電話訪問に切り変え、人との接触では予防措置をとった。新学期が始まる前に「希望が見える、安心して就学」プロジェクトを展開し、コロナ禍の影響を受けた家庭の子どもたちに対する就学補助を強化した。機関へのケアや施療などのボランティア奉仕活動は、政府の感染予防規定に従い、解除されるまで延期された。リサイクルボランティアは通常通り分別作業を行っているが、各拠点では感染予防措置を徹底している。
 
国際災害支援活動では、コロナ禍の影響により、国際間の渡航禁止や都市封鎖で進度が遅れていても、ケアは中断されていない。サイクロン・イダイの被害を受けたモザンビークでは長期支援の一つである学校建設、シエラレオネ共和国とハイチでは貧困救済プロジェクトを続行している。レバノン、ベイルートでは、爆発後初めて配付活動が行なわれた。
 
慈済のボランティアが在住している国と地域では、災害や人災が発生した時、今まで通りケアを続けている。 オーストラリアの森林火災が広がった時、ボランティアが消防車を買う募金集めを行ない、被災世帯にプリペイドカードを配付して見舞った。アメリカでは州を跨いで森林火災が猛威を振るい、ボランティアは感染予防措置を取りながら、何度も配付活動を行い、緊急見舞い金をタイムリーに届けた。
 
台風二十号と二十一号がフィリピンに大きな被害をもたらした時も、ボランティアは感染症を恐れることなく、被災者雇用プロジェクトで街の清掃をして復旧させ、被災者に見舞金と物資を配付した。また、同様に台風被害に遭ったベトナムや干ばつと洪水に見舞われたカンボジアでも、地元のボランティアが同様に感染予防をしながら活動を行い、被災した住民に今しばらくの間の困難を乗り切ってもらえるよう、期待を込めて支援した。
 
毎年年末になると、多くの国でこの一年の社会の移り変わりを象徴する代表的な言葉を選ぶ投票をしている。二〇二〇年を代表する台湾の文字は「疫」、米国は「パンデミック」、英国は「ロックダウン」、日本は「密」だった。おそらく、密閉された空間と密集、密接な接触を避けるよう呼びかけたことから出た言葉であるが、人々の心が密接に結びつく希望を表わしている、という意見もある。いずれにしても、新型コロナウイルス感染症は既に世界を覆っており、慈済ボランティアはより寛大で深い思いやりと智慧でもって、苦難に喘ぐ人々に寄り添う必要がある。
 
これに対して證厳法師は、十二月二十一日の慈善志業週間報告会で、「無私の大我」という理念でもって大衆を諭した。「天下の出来事が全て自分と関係があるのは、天下の一人であるからです。誰もが自分という小さな『我』に執着せず、一緒に『無私の大我』となるべきです。衆生を済度するには、世代から世代へ繋がなければなりません。一つの国を救っても、まだ別の国があり、この時代が終わっても、また別の時代がやって来ます。見返りを求めず、仲良く、大我と大愛の精神を持てば、時間と空間、人と人の間には、隔てるものなど何もありません」。
(慈済月刊六五一期より)
No.293