花蓮・張新儀
夏の蒸し暑さもいよいよ厳しくなる七月、慈済大学の国際学生交流キャンプに参加する学生達が、花蓮の中央環境保全センターを訪れリサイクルの体験をしました。解説を担当するのは張新儀先生。空のペットボトルを手にして説明しています。「ペットボトルの回収ですが、資源を回収するだけではなく、それを現代科学の技術により毛布に造り換えています。突然被災した人々に送り届け、暖をとってもらうためなのです」
額に汗がにじみ続け、長く立っているのはよくないと知りながらも、新儀先生は学生が資源ゴミの分類について質問をすると丁寧に答え、指導します。「ペットボトルはこのように役に立つこともありますが、だからといって大量に使い続けていいわけではなく、量を減らすよう心がけましょう。清浄は源にあり、という考えが大切なのです」。思いやりの心を伝え続ける先生の熱意は傍聴していた私たちにまで伝わってきて、その教育熱心な姿にとても感動しました。
今年七十歳になる新儀先生は穏やかで親しみやすい方です。十数年前に瑞穂中学校を退職した後、地球環境が日ごとに破壊され汚染されていることを重く受け止め、環境保全の教育を進めなければならないと考えて教育の場を教室から環境保全センターに移し、学校をはじめ地域社会にも指導を行ってこられました。環境保全の種をさらに多くの人にまき、芽吹かせているのです。
身をもって環境保全を説く
先生は長い間證厳上人の願いを胸に抱き続けてきました。「環境保全は腰を屈めて行うだけでなく、身をもって伝えることでもあります」。環境保全の観念が幼い頃から根づいていると、物を大切にする習慣が身につくからです。センターの中では、学生が実際に分類する作業を体験し、学び合いました。「回収物はまずきれいに洗浄し、回収に携わった人へ敬意を払いましょう」。参加した小学生の多くが、家に戻った後、積極的に資源回収を行い、家族にも資源の回収と分類そして野菜中心の食事を勧めるのだそうです。教育が浸透し成果をあげているとはまさにこのことです。
先生は招かれればいつどこへでも、できるかぎり予定を合わせて下さるので、ここ数年はセンターだけでなく、多くの学校や地域社会、あるいは環境保全団体でも指導を行っておられます。毎回年代の違う人々が集まるのでその度に新しい指導内容を準備し、ポスターにも修正を重ね、適切な指導を行うことで成果をあげてこられました。先生の行き届いた準備と熱心さをここでも窺い知ることができます。
一回また一回と指導を重ねるごとに、環境保全の重要性に対する先生の思いは強くなり、「心の通った環境保全」をモットーに、「ぜいたくは少なめに、欲は押さえ気味に、学ぶ楽しさを知ろう」と人々に勧めました。キャンペーン活動だけで効果をあげることには限界がありますが、その中で少数でも変わっていく人が現れることは先生にとって大きな喜びであり、希望となりました。
一生かけて教育という名の樹木と成る
退職後花蓮市に住居を構えた後も、先生は毎月花蓮県の瑞穂へボランティア活動に出かけ、道すがら昔の同僚を訪ねます。今日は私たちも同行させて頂くことになりました。中学校の校内を通り抜けるとその奥に大きな植物園があり、そこはまるで桃源郷を思わせる別世界、地面には芝生が青々と茂り、木々は高くそびえ、色鮮やかな花が模様を織りなす場所でした。新儀先生は私たちにご自身で植えた「五葉松」を見せて下さいました。当初は小さな盆栽だったのが、十三年が経った今では枝も見事に茂っています。先生が長い間教育という畑に種をまき、それがまっすぐ正しく成長している様子が表れているような情景でした。
先生は現在ボランティアとして各地で環境保全のキャンペーンを行っておられます。さらに人材の養成に力を尽くし努力を続ける一方で、教育現場でさらに多くの先生方が環境保全の理念を学生に伝えたとしたら、家庭にも広めることができるということに気がつきました。環境保全は口で唱えるだけでは不十分、実行することで初めて人類に幸せと平和をもたらし、きれいな地球を子々孫々と残して行くことにつながるのですから。
学校教師から慈済ボランティアとなった新儀先生が持ち続けている信念、それは「指導は懇切丁寧に、教える喜びを胸に」というものです。今まで一度も「教育」の現場を離れなかったその姿勢は、證厳上人から頂戴した法号「済諄」と見事に一致しています。四十数年の教育者人生においては様々な人との多くの出会いがあり、数えきれないほどの学生を教えてこられたことでしょう。退職後も休むことなく続ける姿は教えるという愛に満ち溢れ、先生は正に公徳の人と称するにふさわしい方でした。
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