慈濟傳播人文志業基金會
解脱への道
 
世と争うことなく、衆生を思いやり、
人々の苦難を取り除く。
 

冬の太陽になる

「慈済のことは皆さんのことであり、慈済志業パークは皆さんの家なのです。人は皆小家庭を持っていますが、慈済志業パークは数多くの小家庭が集まってできた大家庭です。私はどこにも出かけませんが、世界中の慈済道場は全て私の家であると共に慧命精神の家です。皆さんで慧命の家を守ってください。慧命は清浄無垢です。私は財産、物、名誉などについては一切語らず、実現できることだけを求めてきました。実行したことは社会や世の人々を助け、私たちの慧命を利しています」と上人は中国上海と昆山の慈済人に対して、道場を善い方向に活用して人間菩薩を迎え入れ、皆で菩薩道を歩むよう励ましました。
 
「慈済人の精神エネルギーは仏法から来ており、仏教はブッダが修行して悟りを開いた後の大衆に対する教育です」と上人は言っています。「ブッダはこの世の様々な不平等や矛盾した苦しみを見て悟りを開くために出家し、遂に解脱へ至る道を得たのです。解脱とは名利に執着せず、心を大きく持つことですが、衆生の苦しみを見て忍びなく思う故に、社会に入って人々を悟りに導いているのです。『人格の成就は即ち、仏格の成就なのです』。ブッダは人格の模範を示し、人々と争わず、和気藹々になることを教えました。人に合わせるには包容力を持つことです。そして、包容力を持つには先ず、善に解釈することを学び、善に解釈する前に足ることを知ることです。足ることを知っている人は生活が単純で、名利を追求したり争ったりしません」。
 
また、慈善、環境保全、教育、人文のどれをとっても社会が非常に必要としているものであり、それらを発揮できるようにすることが大事です。人心の浄化についてもより多くの人が慈済を理解できるようにする道場が必要であり、皆で縁を逃さず、直ちに実践すべきです。
 
「中国は経済が繁栄していますが、苦難に喘ぐ人はまだ多いのです。慈済人がもっと積極的になることを期待しています。例えば、今年の冬季配付をする前、各省の慈済人が調査や家庭訪問を行った時、多くの人が貧しいことに気づきました。特に独りで家を守っているお年寄りは生活が苦しい上に障害を持っていて、やるせない気持ちになります。従って、社会には温かい情、人同士の関心と思いやり、相互扶助の温情が必要なのです。寒い日に暖を取ると言うように、慈済人がその暖を送り届ける人になってこの世に温情をもたらすべきであり、その情は菩薩道場で培われ、結集されなければいけません」。

暗闇の中の蛍

●2019年10月13日、マレーシア慈済人は「1人1善が災害を遠ざける」と題した愛を広める運動を始めた。北海の慈済ボランティアは街頭や路地裏で愛の募金を募り、村民は喜んでお金を愛の募金箱に入れた。(撮影・謝淑愛)
 
マレーシアとミャンマーの慈済人が精舎に帰って事務報告をしました。マレーシア慈済人からの「ズロバ地区の貧困支援プロジェクト」という報告によると、その地域社会慈善活動プロジェクトが自力更生と民族間の融合を促しています。また、馬慈翔師姊は九州十地域での「一人一善・災害を遠ざける」活動における心温まる話をしました。政府は慈済を肯定しており、以前は州毎に募金活動を承認していましたが、今回は全国の慈済に三カ月間の街頭募金活動の許可を出しました。そして、『光華日報』が「慈済コラム」を開設して慈済を報道することになりました。
 
上人はマレーシア慈済人が貧困地区に入り、住民に希望をもたらしていることを賞賛しました。「慈済人はとても勇敢で、着実に歩みを進め、それも非常に優しい態度で、先ず最も暗い場所に蛍の光を灯し、数多くの蛍の光を見せながら心の中にある希望の明かりを灯します。その後で火を灯し、行くべき道が見えるようにするのです。そして、更に強力に照らすので、灯台を見るように歩む方向が分かるのです。慈済人は暗がりを照らす明灯であり、行なっていることは全て慈悲利他の行為です。慈悲は口先で言うものではなく、発心立願して実践するものです。容易ではありませんが、皆さんは着実に成し遂げています」。
 
「小人数や物資の不足を心配することはありません。少人数から始めても大衆の愛を啓発することができます。人々は心の拠り所があれば、慈済人の導きによって立ち上がることができ、他の人を導いたり助けることができるようになるのです。自信を持って発願し、実践して、信・願・行の三つが揃えば、達成できるのです」。
(慈済月刊六三九期より)
NO.280