慈濟傳播人文志業基金會
ダム決壊災害支援被災地に戻る
ラオス、アタポー州サナムサイ県で、二〇一八年七月、大規模なダム決壊事故が発生し、下流の村に甚大な被害をもたらしました。タイ及び台湾の慈済ボランティアはやっとのことで被災地に深く入り、全てを失った住民に福慧ベッド(折り畳み式)と毛布そして温かい食事を届けました。慈済がラオスで災害支援を行ったのはその時が初めてです(慈済ものがたり264号を参照)。そして、一年後にボランティアたちは再びその場所を訪れました。
 
 
強烈な水流が襲ってきた時、ナンプさんは夫と自分で一人ずつ子供を抱え、屋根まで泳いで避難しました。九十一歳のお祖母さんは皆の助けによって洪水に流されずに済みました。サナムサイ郡の臨時避難所にいる間、夫婦は工事現場の仕事で収入を得ていました。二人の子供はお祖母さんと家で留守番です。福慧ベッド(折り畳み式)のお蔭で、行動の不自由なお祖母さんは冷たい泥の地面に寝なくても済みました。
 

仮設住宅の村 

生計の立て方は様々

一年が過ぎた頃、政府が建てた仮設住宅は学校の運動場に立っていたテントに取って代わりました。ドンバクという臨時に作られた村落には、かつて森林の生い茂る場所がありましたが、そこに今では二百二十七世帯約千人余りが住んでいます。皆、ダム決壊事故の被災世帯です。
 
家と畑を離れた住民たちは何とか生計を立てようと、農繁期には付近の村で稲刈りの手伝いをし、魚を獲る道具を作って販売したり(左上)、雑貨屋(左下)を開きました。店の外では、慈済から贈られた福慧テーブルセット(折り畳み式)に座って、のんびりと世間話をします。
 
碁盤の目のように建てられた仮設住宅では、隣近所と親しくする姿や、路上で親鶏がヒヨコを連れて歩き回る光景が見られ、田舎生活そのものです。人々は災害の陰影から抜け出そうとしていますが、簡単な公衆浴場(下)やあちこちに建てられた日除けテントなどが、ここは「仮の」住まいに過ぎないことを思い起こさせています。
 
 

就学前教育は粗末で簡単

ドンバク村の右側に木造のミニ小学校があります。五学年で四つの教室を使い、計百八十六名の生徒が勉強しています。
 
就学前の子供たちは授業の内容が理解できず、また四つしかない教室に入ることもできないため、職員室の床に座って過ごします。板壁の間から差し込む日光が蛍光灯代わりになり、床を机にしています。粗末な環境であっても、子供たちが楽しく学習することに影響はありません。
 
 
ラオスの義務教育は小学校の五年間と中学校の三年間、そして高校の四年間です。大学に入るためには特別の試験を受けなければなりません。殆どの農村の子供は家が貧しいため、高校を卒業する前に働きはじめます。この村のような教師の足りない辺境地域までは通勤に時間がかかるので、往々にして九時を過ぎてから授業が始まります。
 
政府は未だに避難した住民が元の村に戻ることを禁じていますが、人々は、いつか記憶にある故郷が再建され、お年寄りや子供達をつれて帰れる日がくることを願っています。
(慈済月刊六三八期より)
NO.280