慈濟傳播人文志業基金會
生活は最高の良師

問:

大学生の子供がアルバイトをしたいと言ってきました。
他人の心は憶測しかねるから、
簡単に信用してはいけないと注意すべきでしょうか?
 

答:

保護者である私たちは、子供が将来、「正義感のある、善良で楽観的で、明朗で」あってほしいと願うものです。しかし、現代の多元的な社会では、異なる環境の下に異なる習性を持った人がいます。私たちはいつまでも子供を側に置いて、一生守ってやることは不可能です。従って多くの問題を前もって告知することはできないのです。
 
子供がアルバイトをすると言うのであれば、自主的に苦労してみようとするのを喜んであげるべきです。アルバイトする重点の一つは学習することであり、親は子供と一緒に仕事の内容を理解すべきですが、職場環境の安全性、給料、保険などその他の事は一々注意を喚起する必要はありません。さもないと子供が自発的に学んで成長するチャンスを剝奪してしまうことになります。それは、あたかも先生が授業中、生徒に「この部分が大変重要で、試験によく出るから赤いポ―ルペンで印を付けなさい」というようなもので、学生たちはその部分だけを勉強し、内容全体の概念を理解しないのと同じです。それは、思弁と総括能力を抑制することになり、学習の妨げになるでしょう。
 
悪魔は細部に宿ると言われますが、子供が放課後に帰ってきた後、アルバイトで面白かった出来事や不愉快なこと、そして、それに対してどんな方法で立ち向かい、対処したかを話してくれるよう励ますべきです。もし子供が処理方法を知らない時は、子供自身でもっと深く考え、人や物事と向き合うよう導くのです。直接、答えを言うべきではありません。というのは、人生の縁は常に予期しない時に出会うからです。
 

身をもって体験して答えを見付ける

ある日、生徒の小玉さんが、六時間目が終ったら校門の前で人を待ってもいいかと聞きました。誰ですか?どういうことですか?と尋ねました。小玉さんによると、「数日前、商店街で台中から遊びに来たと言う若い女の子に出合ったのですが、お金を全部使い果たしてしまい、食事も帰る切符も買えないので、五百元を貸してくれないかと聞かれたのです。私はちょうど五百元を持っていて、彼女が可哀そうに思えたので全部貸してあげました。そして今日、借りたお金を返しに校門の前まで来ると連絡がありました。互いに連絡が取れるようにと、私に携帯の番号を教えてくれました」。
 
心の中では詐欺行為の一種だろうと思いましたが、子供を成長させ、人助けにも智慧が必要だということを学ばせようと、私は彼女が校門まで行くことを許しました。身の安全のために、その人が来なかったら直ぐ教室に戻りなさいと言いました。
 
七時間目の授業になっても、小玉は戻ってこなかったので心配になり、クラスで体の大きい男の子に頼んで、彼女を探しに行かせました。授業が終る頃、二人はやっと戻ってきました。
 
「なんという詐欺師なの?あんなに綺麗に着飾って人からお金を騙し取るなんて。携帶は空番号、騙された!」と小玉は怒りをあらわにしました。
 
私はそんな結果になるだろうとは分かっていましたが、社会には色々な人間がいて、善悪の判断ができ、そして再び同じ問題に直面した時、正確に判断ができるようになるかを学ばせるために、子供自身に体験させなければならないと思ったのです。

子供に苦労させることを厭わない

「道」は歩いていかなければ、到達できません。もし人生で全てが順風満帆だったら、人は成長する必要がありません。彰化県師範大学特殊教育学部の張昇鵬(チャン・スンポン)教授は、長年、子育てに関する相談に答えてきた経験を持っている。「子供の将来は自らの手に掛かっているのです。従って子供に苦労させることを厭わず、学ぶチャンスを与えるべきです。子供の成長過程で経験することはどれもが学習の一種で、経験が問題解決の能力を養うのです」。
 
生活は最高の良師であり,挫折は最高の道場です。親愛なる保護者の皆さん、共に手放すことを学びましょう!
  (慈済月刊六四一期より)
 
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