慈濟傳播人文志業基金會
ボランティアが毎日忙しいわけ
もう一度慈済を認識しよう
 
「正しいことは、やれば間違いありません」。
「慈済人は『辛い』とは言わず、『幸せです』と言います」。
「言葉の限り、慈済世界を創設した證厳法師に感謝します」。
慈済人との対談で受け答えする時、いつもこの三つの言葉が出てくる。
彼らボランティアは、出退勤の時間は決まっていないし、街の至る所で人助けをする上に、助けた相手にありがとうと言う。このような善行が理解し難いのなら、他人からいろいろ聞くよりも、直接、彼らの自己紹介と行動内容を聞いた方が早い。
 
 
五十五年前に遡ると、当時は人心が素朴な時代だったと言える。「仏教克難慈済功徳会」はそんな頃に花蓮に設立された。当時台湾の人口は一千二百万人ほどで、貧困者の割合が十パーセントを超えていた。社会福祉制度も完備されておらず、慈済に賛同する専業主婦が毎日市場へ行く前に五十銭を貯めて慈善基金とし、その善行への参加を広く呼びかけたことから、救済の歩みが始まった。
 
一歩ずつ歩んで二〇二一年に至り、慈済の足跡は台湾全土だけでなく、全世界に広まった。救済という慈善志業以外、医療志業、教育志業、人文志業にまで徐々に歩みを広げ、更に造血幹細胞寄贈、環境保全、国際災害支援及び地域ボランティア組織の整備にも力を注いでいる。
 
雑誌「天下」が二〇〇一年に台湾の人々を対象にして行った「美感大調査」というアンケートでは、台湾で最も美しい人物は「證厳法師」で、二番目は「慈済人」であるという結果が出た。
 
その調査から二十年が経ち、社会は発展し、世代が代わった今、まだ多くの人々が、「慈済」という名は聞いたことがあっても理解しているとは限らず、逆に全く知らない人や好奇心だけで見ている人も少なくない。それと同時に、科学技術の発達した現代では、多くの不可解な点や疑問がネットで拡散されている。
 
社会福祉資源が多い現代において、慈済に何か特別な利点があるのですか?
 
「人」の字を思わせる独特の屋根を持つ「静思堂」は、お寺なのでしょうか?
 
リサイクル活動は、ゴミ拾いで生計を立てている貧しい人たちの収入を圧迫していませんか?
 
慈済骨髄幹細胞センターは、なぜ患者に費用の分担を求めるのですか?
 
25慈済は花蓮に始まり、世界に広まった。
55年来の活動で、慈済は今、66の国と地域に拠点を置いており、
慈善ケアの足跡は122の国と地域に及んでいる。(2021年4月統計)

身の周りにいる目立たない人たち

一つ一つの問題を携えて、私は慈済の活動現場に行き、各領域の古参ボランティアを取材した。彼らが行っている活動の中から答えを見つけ、なぜ全力投入しているのかを聞かせてもらった。
 
花蓮では慈済大学教育棟九階骨髄幹細胞センターを訪ねた。そこに教室を改造した実験室があり、精密な検査や鑑定を行う測定器や、血液サンプルを冷蔵する設備が置いてある中で、スタッフは静かだが忙しく働いていた。ため息まじりに話してくれたのは、多くの人が造血幹細胞寄贈の過程を理解しておらず、一般の献血と同じように簡単だと思っていることだそうだ。しかし、血液サンプル検査用の試薬だけでも、一ロットが二千万元(約七千万円)以上もかかるのだ。この二十数年来、データベース設備を運用し続けるだけでも大きな負担がのしかかっているが、年間数千人のマッチングを求める全世界の血液疾患患者に生きる希望を持って欲しいので、困難でも持続して運営しているのである。
 
ネット上で流れている誤解に対して、各地の骨髄移植ケアチームのボランティアは、依然として街頭で骨髄寄贈登録の宣伝に努める傍ら、マッチングしたドナーが見つかると居場所を探し、一分一秒を争って会いにいく。しかし、間違った情報の影響力は極めて大きく、ドナーになる意思を覆す人もおり、患者さんが治療を受けるチャンスが少なくなっている。人を救うという大事において、どれだけの人がネットの情報の真偽を確かめているか定かではないのは、とても遺憾である。
 
台北市松山区のある小さなシャッターの門の横に、もしも幾つもの回収かごが置かれていなかったら、そのきれいに整理された門の前がリサイクル拠点だとは誰も気が付かないだろう。朝八時前には既に近所のおじさんやおばさん、おじいちゃん、おばあちゃんたちが集まり、シャッターが上がると同時に、皆、自発的に担当区域に行き、回収物の分別を始める。その中にはビニール袋やガラス瓶のような、回収業者が歓迎しないような手間暇が掛かるものも少なくない。お年寄りたちは世間話をしながら、てきぱきと動いていた。「環境保全の理念が分かる上に、リサイクル活動で多くの人と触れ合うことができるので、ここに来るのが大好きなのです」とあるおばあちゃんは笑顔で私に言った。
 
新北市にある浮洲橋の近くの板橋静思堂にやって来た。静思堂の外見は荘厳だが、実は喜びに溢れた建物だと、長年に亘ってコミュニティー事務に携わってきたボランティアが言った。そこは災害が発生すると避難所になり、普段は趣味や実用的な生活講座が開かれ、また、人口構成の変化に伴って、高齢者介護の拠点になったり、シニア教養講座の会場となったりして、上手に利用されている。
 
慈済五十五周年というテーマ報道の取材中に、私は善行の初心に立ち返るべきだと気が付いた。私たちの周りに普通に存在している慈済ボランティアたちは、考え方が非常に純粋で、長年頭を下げて黙々と奉仕している。だから、外部からの問い合わせに対し、「私にも言わせてもらいたい!」と自分の気持ちを伝えたいのだ。
 
あるボランティアは次のように言った。人間(じんかん)では意見の食い違いは避けられないが、誤解されても賛同されても、認められても喜ばれても、いずれにしろ、彼らは人を愛して人助けする信念を貫き通し、互いに感謝の気持ちを持ち続けているので、社会はもっとよくなると信じているのだという。それは、「正しいことであれば、やれば間違いない」と信じる単純な一念だ。
 
噂に聞いたことや間違った情報に左右されるよりも、実際に投入しているボランティアの仲間の話を聞いて、改めて慈済を認識した方が良いと感じた。
(慈済月刊六五四期より)
NO.295