慈濟傳播人文志業基金會
人の世の至情
五月中旬の新型コロナウイルスの感染状況が、ヨーロッパとアメリカでは落ち着いてきたが、アジアでは深刻さが増し始めた。ウイルスも変異し続け、拡散はさらに加速している。昨年は比較的平穏だった台湾も、ここに来て爆発的に感染が拡大し、全土にステージ3の警戒体制が敷かれ、患者の急増により、医療体制も一時的に逼迫した。
 
ある公衆衛生学の学者はインタビューに答えて、「コロナ疲れ」が人々の気を緩めさせる理由の一つとなっていると述べた。台湾の人々は、ここに来てコロナ禍が身に差し迫っている脅威を感じ、苛立ちが行動の自由を縮小し、人同士の交流空間を狭めている。
 
人の流れが複雑な万華(バンカ)区が、台北市で最初の感染ホットスポットとなった。現場で簡易検査を行っていた医療スタッフは、地域の一部の人が差別的な目で見られることを恐れていることに気付いた。如何にして人々に家から出て検査を受けてもらうかが、当時最大の試練になったのである。また、多くのホームレスに飲食の問題が発生したが、民衆が「防疫の落とし穴」だとして恐れたため、社会から見捨てられたようになってしまった。
 
幸いに、深刻なコロナ禍にあっても、温かい人情が見られた。熱心な地元の店舗やNGO、ソーシャルワーカーが生活と防疫のための物資を配付し、感染対策を宣伝したおかげで、ホームレスの九割以上がマスクを着用し、最低限必要な生活用品を持つことができた。
 
台北慈済病院の集中治療室主任である蘇文麟(スー・ウェンリン)医師は眠れない夜に、新型ウイルス肺炎の重症患者の家族がエクモ治療をしないことを意思表示し、限られた医療資源をもっと必要としている人に使って欲しいと言ったことを思い出した。彼は深く感銘を覚え、翌日から仕事を続ける勇気をもらった。
 
「英雄視」される医療スタッフであっても、人々と同じように家族という絆で結ばれている。だからこそ病棟で生離死別という衝撃の場面に向き合った時、患者のためにもっと何かしてあげたいと思うのだが、いつも思い通りにいくとは限らない。例えば、患者が最期を迎える時に、家族が側に来てゆっくり別れを告げることができない現状への悲しみは尽きない。
 
医療人員としての使命で彼らは仕事を継続し、今このような時期だからこそ一人一人の患者の世話をしたいという気持ちに駆り立てられている。台北慈済病院の専用病棟の主任看護師である陳美慧(チェン・メイフェイ)さんは、「私たちは英雄ではなく、コロナと戦うボランティアです」と言った。彼女は、愛でもって守り、人の身になって考えて初めて、今この時期の対人関係における緊張と對立を取り除くことができるのだ、と述べた。
 
台北慈済病院は、積極的にコロナ専用の治療病棟を増設することに加えて、病院規格に沿って感染隔離専用ホテルの世話を請け負った。それと時を同じくして、国内外の慈済人は、防疫規制の困難の中で、依然として慈善活動に励んでいる。
 
同じ五月下旬、證厳法師の最初の弟子である徳慈(ドーツー)師父が亡くなった。法師に追従し、自力更生の生活をして六十年近くになる。徳慈師父は苦労を厭わないように、自分を鍛えれば、衆生に奉仕することができると信じていた。徳慈師父は静思精舍のために家風の模範を示し、常に慈悲と思いやりをもって人に接していた。今この時、人の世の至情として、世に善の力を注ぐことに勝るものはない、と人々に深い感銘を与えている。
(慈済月刊六五六期より)
NO.297