慈濟傳播人文志業基金會
コロナ禍で苦境に立つ屋台業者を救う
インドネシアボランティアが出動
 
コロナ禍で生計に影響が出た屋台業者に菜食弁当を注文し、社会的弱者に配付した。この慈善方式は一挙両得ならぬ一挙「数」得と言えるが、受け取った人が弁当を開けた時、味の薄さ、量の足りなさ、不衛生を感じたならば、ボランティアはどうすればいいのか。
 
インドネシアでは二〇二〇年三月に新型コロナウイルス感染症が爆発的に拡大し、現在に至っても依然として感染が酷く、波及した方面はとても広く、殆どあらゆる業界がこの難を免れることができない。自宅でリモートワークやオンラインビジネスができる私たちは、幸せな方かもしれない。しかし、ブルーカラーの労働者たちは三食を求め、一家を支えるために、毎日外に出て働かねばならない。密集を避けるようにという防疫政策の下では、彼らはどのようにして生活したらいいのだろうか。
 
様々な活動制限を受ける中で、慈善活動が如何にしてより多くの人に恩恵を与えられるか、智慧を絞らなければならない。昨年八月二十三日、慈済インドネシア支部は「慈済の寄り添い‧共に善行を」というイベントを行い、愛のこもった弁当の配付を始めた。コロナ禍で経済的に影響が出た屋台業者に弁当の注文を出し、それを必要としている生活困窮者に配付した。十月十三日時点での統計によると、ジャカルタやスラバヤなどで、累計三万二千個余りの弁当を配付した。
 
●庶民の経済振興のために、慈済インドネシア支部は昨年8月下旬から10月末にかけて「慈済の寄り添い‧共に善行を」という活動で温かい弁当を配付した。スラバヤのボランティアは、毎日3軒の小規模な食堂に200個の菜食弁当を注文して住民に配付した。
 
このような活動は、飲食業者の経済的なプレッシャーを緩和すると共に、間接的に他の業種をも支援することができる。例えば、屋台の商売が改善されることで、市場で食材を仕入れるようになり、その行き来にも配送が必要となり、そうやって経済が活性化するようになるのだ。
 
ボランティアはコミュニティで村長と協力し、村長から弁当を必要としている住民のリストを提供してもらうと同時に、一般的な好みの料理を調査した。ボランティアは交代で屋台業者に寄り添い、品質を良くし、食材の衛生から盛り付けまで指導した。調理ボランティアの藍雪珠(ラン・シュエジュー)さんは新しいレシピを教え、業者が美味しい菜食料理を提供できるようにした。
 
これらの屋台業者と交流してみると、今まで大量の注文を受けたことがなく、急にどのくらいの食材を用意したらいいのか分からない業者がいることに気がついた。ある時、弁当を盛り付けていると、量が足りないことが何度かあったのだ。時間があれば追加して作ることもできるが、時間が足りなければ、それぞれの弁当のおかずを減らすしかなかった。藍さんが言うには、「もし食材の分量の計算ができないのであれば、的確なコスト計算も出来ないはずです。道理で中には、二十年も商売を続けて繁盛しているのに、経済状況が改善せず、売れば売るほど損をしている人がいるのです」。そこで、ボランティアたちはコスト管理の経験を彼らと分かち合い、商売が軌道に乗るよう指導した。
 
私たちが感動をしたのは、それほど親しくないにも関わらず、彼らはボランティアの意見を良く聞き入れてくれることだった。最初、幾つかのおかずはあまり美味しそうには見えなかったが、一カ月の指導で進歩が見られ、おかずの種類が多くなり、お客さんの選択肢も多くなったことで、よく注文するようになった。
●ボランティアの寄り添いと指導の下に、イパートさんの屋台弁当(左)は一周間前とは打って変わった。

商売を救う大作戦

印象に残っているのは、イパートさんという女性である。初日に彼女に注文した時、村長からイパートさんの屋台は評判が良くないので、別の食堂に替えてほしいとの電話相談があり、私は暫く言葉が出なかった。少し残念に思ったので、「どこに問題があるのか教えてください。もう一度彼女にチャンスをあげたいので、二日後に最終決定してもらえませんか」と言った。
 
翌日、区長と一緒に勧められた食堂を見に行った。確かに見た目は良く、整然としていて、衛生面でもイパートさんの屋台は確かに及ばない。しかし私は区長にこう言った。「本当に申し訳ないのですが、慈済はコロナ禍で生活に困っている屋台業者を助けたいのです。もし商売が既に回復し、安定すれば、暫くは手助けしません。やはりイパートさんの方に戻って、問題点を見出して、助けてあげましょう」。すると地区長も同意してくれた。このコミュニティではイパートさんの商売が一番良くないので、彼女もイパートさんの生活改善を助けたかったのだ。
 
その翌日、私がイパートさんの家の近くにある交差点で待っていると、慈済のロゴを貼った弁当を手にした女性を見かけたので、声をかけた。
 
「ちょっとよろしいでしょうか?昨日イパートさんの弁当を貰ったようですが、気に入りましたか?味は如何でしたか?」。
「あまり美味しくなかったよ。他の食堂に変えてもらえませんか」と、女性は難しい顔付きで答えた。
 
「お気に召さなかった理由を教えてくれませんか」。
「ご飯の量が少ないし、味も薄いですよ」。
 
「ではその意見をイパートさんに伝えますから、もう一度彼女にチャンスを与えてやってくれませんか」と私は言った。
 
その後も何人かに聞いたが、いずれも味と衛生面で良くないとの答えだった。私はやはり、隣人として引き続きイパートさんを支援するようお願いした。そして、イパートさんの所に行って幾つかアドバイスし、その後もボランティアが調理や試食、盛り付けに付き添い、一周間後に、彼女自身で弁当の盛り付けを始めてもらった。弁当は日に日に美味しくなり、客も賛同するようになった。
 
ある日、イパートさんは中古の冷蔵庫を買ったと言った。「多めに野菜を冷蔵する以外に、冷たい飲み物も売れるようになったよ」。私はそれを聞いて感動すると同時に嬉しくなった。メニューのポスターを作ることを手伝った。「冷たい飲み物もあります」と書き、壁に張ることで、客にもう一つ選択があるようにした。
 
●イパートさんの食堂は商売が良くなり、やっと食材を保存する中古の冷蔵庫も買えるようになった。竹筒貯金箱を屋台に置いて、客と共に「小銭で大きな善行」をしている。

疲れを取り除く名言

ボランティアの游幼枝(ヨウ・ヨウジー)さんも、コミュニティでの出来事を語ってくれた。感染の爆発的拡大により政府が規制措置を実施していた間、アシーさんの屋台には顧客が来なくなり、元手も使い果たしただけでなく、営業も中止を余儀なくされた。彼女は初めて五十個の弁当の注文を受けた時、どうしたらよいか分からなかったが、次第にお金を貯めて再び開業することができるようになった。実家に預けていた子供の学費も払い終え、日常生活の必要経費もまかなえるようになった。
 
今回の活動が円満に終了したので、コミュニティの各方面や軍の協力に感謝を申し上げたい。コロナ禍の期間中、ボランティアは躊躇することなく群衆に分け入り、生活困窮者を支援するだけでなく、徹底して屋台業者を支援してくれた、と村長のアブドさんが言った。屋台を出しているトゥミナーさんも、「ボランティアとは縁もゆかりもないのですが、いっぱい手助けしてくれました。慈済にとても感謝しています。慈済が良くしてくれたことは、決して忘れません」と言った。短い言葉だったが、私たちにとっては、疲れを解消してくれる最高の言葉であった。
 
先輩ボランティアの寄り添いと支持にも感謝している。彼らは年齢の関係でコミュニティへの出入りが制限されているが、彼らの思いやりを感じていた。私が困難にあった時、恵蘭(フイラン)さんはいつも親鳥が小鳥を護るように支えてくれた。「慈済に入った時、何人かの先輩ボランティアが真心で寄り添ってくれ、母親のように導いてくれました。今、若いボランティアが頑張っているのを見ると、寄り添って、適時に支援の手を伸ばさなければ、と思います」と彼女が言った。
 
屋台業者たちのフィードバックや路上生活者が喜んで弁当をもらうのを見ると、私たちは疲れが消える。心を一つに協力しあう精神を体得し、先輩ボランティアたちが、「幸福は奉仕する中から喜びが得られ、智慧は善に解釈する中から自在が得られる」という證厳法師のお諭しを、後輩たちにどのように伝承しているかが分かった。
(慈済月刊六六二期より)
NO.303