慈濟傳播人文志業基金會
看護師としての奉仕は私の信仰
微笑みと温かい声音に患者さんは信頼と安心感を覚える。これが看護という仕事の魔力なのだ。私たちが患者さんを専門的知識からサポートすると、患者さんも生命の気魄で私たちに応えてくれる。今この瞬間を逃さず直ちに、周りの一人一人を愛すようにと教えてくれる。
 
 
私は花蓮加湾部落のタロコ族出身で、実家は静思精舎の隣村にあります。花蓮慈済病院に勤務して二年になりますが、よく部族の人が診察に来るのを見かけます。特に巴伊(パイー・タロコ族語でお婆ちゃんの意味)の場合は「どこそこの子供さんじゃないかい!」と声をかけられます。部族の人は皆クリスチャンで、私たちは一緒に祈りを捧げる間柄なのです。看護師をしているとそれでなくても第一線で患者に接していますから、身体的なケアだけでなく、心を慰めることもできると感じています。
 
ある夜間当直の時、肝臓癌末期の患者が搬送されてきました。おじいちゃんの顔の輪郭を見て同族の人だと分かりました。私達が家族に手足を拘束したいとお願いすると、憔悴した眼差しのおばさんから「それは止めてください。おじいちゃんは拘束されるのが好きではないから」と言われました。
 
私は「あなたたちのためにお祈りしてもいいですか?」と言っておばさんとおじいちゃんの手を取ると、一緒に祈りました。おばさんは目頭に涙を浮かべ、祈り終えてから胸の中の全ての悲観的な感情とおじいちゃんの治療についての考え方を、私に伝えてくれました。その時私がおばさんに接したのは十分足らずでしたが、お互いに家族のような気がしました。
 
それからというもの私はよく病室に行っておじいちゃんを見舞いました。ある夜、おじいちゃんは息が荒くなりました。すでにDNR(ホスピス緩和医療と生命維持に関する医療行為に対する意思表示)には署名があり、臨終の時は心肺蘇生法を施さず、気管切開しないことをおじいちゃんにも家族にも確認していたので、おじいちゃんにはまず酸素を与えて呼吸を楽にしてあげました。
 
翌日、日勤の人と交替するとまたおばさんに会いに行きました。病室の外まで来た時、おばさんは私を見て抱き締め、むせび泣きました。私達はお互いに何も言葉を交わしませんでしたが、その時おばさんには寄りかかる肩が必要なのだと分かりました。
 
私はおばさんに、私たちがついているから安心して欲しいと伝えました。おばさんは「それでは帰ります......」と言って、一緒におじいちゃんの着替えを済ませてから退院の手続きをしました。私は、「おじいちゃん!お疲れ様でした。馴染みの場所に帰ったら、楽しく過ごしてください。神様が祝福してくれます」と言葉をかけました。最後に私は同族の言葉でおじいちゃんに「さよなら」と告げました。その時、おじいちゃんは突然目を開けて私を見ると頷いたのです。その時の様子は今でも深く印象に残っています。
 
私たちは患者さんにベストを尽くして専門の知識からのケアをします。患者さんは生命の気力で応えてくれます。如何なる態度で病に向き合えばいいか、如何に刹那を把握して、直ちに周りの一人一人を愛すべきかを私たちに教えてくれるのです。以前、慈済科技大学で学んでいた時、ある尼僧が「生は偶然で死は必然です。無常は往々にして明日よりも先に訪れるため、身近な人を大切にしなければいけません」と教えてくれました。
 
看護という仕事には大きな魔力があると感じています。それは微笑みと温かい声音によるものです。病室を巡回する時、患者のおじさんやおばさんたちと挨拶を交わし、「私は皆さんのお世話をする看護師です。必要な時は私たちを呼んでください」と一分間足らずの自己紹介をするだけで、患者さんは私たちを信じてくれますし、傷口をきれいに消毒してガーゼを取り替えるのも嫌がらなくなり、配った薬は効果があると信じて飲んでくれますから。これが、看護師が患者に与える信頼と安心感なのでしょう。
 
病院で同族の人を世話する時、同族の言葉を使い、馴染み深い顔に目を合わせ、そこに息の合ったユーモアでも加えれば、ケアもとても自然体なものになります。私にとって看護は愛と責任と信頼であり、奉仕は私たちの信仰です。看護師は性別、人種、宗教にこだわりを持ちません。私はタロコ族の男性であり、クリスチャンで、看護師です。
(二○一九年九月二十八日ボランティア朝会の内容より)(慈済月刊六四一期より)
No.292