慈濟傳播人文志業基金會
志を立てて大道を歩む

慈済は今月で、設立五十周年を迎えました。半世紀の時代変遷を経て、鍛錬成長してきた源には「志を守り道を奉ずる」堅い精神と信念がありました。

慈済の済世(世人を救済する)志業は、多元的でかつ幅広く、国際間においては心身苦難の所に軽量化を以て救難救助してきました。た慈善団体であるだけではなく、教化の道場でもあります。無数の人が「菩薩道を歩む」が故に声をかけあい集まり、自身の浄化を得るとともに深くこの大道を歩んで行くことを願っています。

三十年前、慈済は慈善から済世へと基礎を盤石にし、医療では花蓮に病院を建てました。病院を建てるまでの七年間には度重なる試練に直面しました。資金の調達、土地や人材の確保など難問が山積みでした。多くの慈済人や各界人士が、證厳法師に「法施は財施よりも重要です。法師は精力を弘法利生に注がれたほうが気楽ではありませんか?」と勧めました。

上人は「仏教の教理のもとは社会に適用することで、以前は道理を説くことに重点をおいていました。しかし仏法を広めるために慈済は事を以て、社会大衆に仏法の慈悲喜捨の道理を認識してもらわねばなりません。法施の功徳も大きいが、身体を以て努める慈済功徳もおろそかにできない上に、この功徳は無限ですよ」とおっしゃいました。

上人の志は堅く、また人々の慈悲と善の念もまた雫も岩をも貫くほど堅いと信じておられました。東台湾の民衆を護る仏教病院が終に落成し、それから医療スタッフは病だけでなく心のケアにもあたってきた様は、まるで薬師如来が東方に瑠璃の浄土を開拓されているがごとく感動的でした。教育と人文の志業も引き続いて行い、人性の価値を再建することに着眼しました。

慈済人が人間の道を歩くのはたやすいものではありませんでした。凡夫が菩薩になるためには、習気を改めなければならず、偏見や否定にあっても心から柔和と忍辱の工夫を凝らすことです。対内や対外を問わず、すべての機会が心を鍛え、仏に学ぶ因縁でした。

この菩薩の訓練場では、如何にして小善をもって世の中に愛と善の循環を累積してきたかを実証しています。年配の慈済人が上人に追従して、誠を以て布施し、苦しむ人たちを慰め済度してきた行いは、法施と無畏施をも含めて今日の在家菩薩の模範となっています。

仏法の実践と法を広める需要がある時には、時、場所、人の縁にしたがって適宜に行います。半世紀以来、慈済の志業内容は多岐にわたり、人心と社会の需給に応じながら、心願である修行大道を実践してきました。

釈迦の早期の仏教経典《四十二章経》に記載されています。仏曰く「博聞愛道、道必難会。守志奉道、其道甚大」、仏亦曰く「行道守真者善、志与道合者大」と。心に芽生えた菩提を大きく成長させ、誰彼に非難を受けても屈せず、真を以てとこしえに仏道に努め励んでこそ、人格を最大限まで高めることができ、また生命の最高境地に達せられるということです。

慈済は五十年来「志を守って道を奉じる」仏法精神であり、さらに多くの善士を集めて、「志に従って大道を歩む」ことをこれからも伝え広めていきます。

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