慈濟傳播人文志業基金會
完壁な人はいない
 
傍目から見て完璧な人はいない。誠意で以って人に接し、愛で以って包容すべきである。
 

まっすぐな道心

上人は精舎の師匠たちにこう開示しました。「人と人は縁がなければ、知り合うことはなく、一堂に集まることもありません。団体の中で規律を守らない人を説得しても聞かない時は、ブッダが入滅する前に阿難尊者に答えた「黙擯」を思い出してください。慈悲で以て規律を守らない人を包容すべきですが、説得しても聞かない時は勝手にさせるしかありません。ある日、縁が成就し、考え方を変えて正しい道に回帰するかもしれません。他人の不当な言動が自分に影響することで煩悩に絡まれてはならず、心の持ちようや言動は「いつも通り」でなければいけません」。
 
上人によれば、「正常な状態下では、団体に属する人は皆、行動を共にすることを望み、他人と打ち解けることができます。しかし、人にはそれぞれの習慣や個性があり、私も含めて誰一人、他人から見て完璧な人はいません。師匠であっても、全ての弟子の心身を思いやることはできず、努めて精神理念を伝承し、皆がそれを吸収して活用し、またそれを伝承していくしかないのです」。
 
 
静思精舎は静思法脈の発祥地であり、常住修行者たちは法脈宗門の静思綱領が揺るぎないものにしなければなりません。例えば縄を編んで要の結び目を作り、一つひとつの粽を縛った糸をそこに結んだ束を思い浮かべてください。ほどよく粽を縛った糸が一つの結び目になっているので、蒸し上がって運ぶ時も束ごと持ち上げればよく、一本一本の糸は容易に解れて絡まることはありません。その糸が一人ひとりの道心を表しているとすれば、粽の束はまるで全ての道心が同じ精神に回帰する姿のようです。その道心は、広くて真っ直ぐな菩提の道のように一人ひとりが守るべきものです。もし、無明や煩悩によって障害が出てくれば、他の人と同じ行動を取ることはできません。
 
「師匠はあらゆる人に同じように誠意で接しているのですから、私たちもそういう態度で臨むべきです。他人の良くない言動を耳にした時でも誠意で以て接し、愛で包容すれば、この世に煩悩が増えることはありません」。
 
 「見返りを求めず奉仕すると同時に感謝の気持ちを持つのは慈済人文精神の一つです。人助けは大きな喜びをもたらしますから、その機会があることに心から感謝すべきです。世の中では時には困難に遭遇して助けを必要とすることがあり、私たちがそれに応じて支援する時、感謝だけでなく、相手を尊重する態度で臨むべきで、施しを与える態度をとってはいけません。慈済の人間であれば、慈済人文精神を持っているはずですから、その精神は人との交流で表わされなければなりません。慈済の菩薩には慈悲心があり、民族や国籍、宗教に関係なく、平等な大愛で以て衆生に接することができるでしょう」。
(慈済月刊六三五期より)
NO.276