慈濟傳播人文志業基金會
中国語を学びながら人文をも学ぶ
カナダ慈済人文学校は静思語の暗唱コンクールを行った。「太陽と両親の恩に感謝しよう。君子の度量は大きいが、心の狭い人は怒りっぽい。」とある生徒が暗唱し、「私はカナダに住んでいる」と言って笑わせただけでなく、皆その静思語を覚えた。
 
台湾で優秀な教師に贈られる師鐸賞を受賞したことがある管恵美はこの笑い話に言及し、静思語は簡単で分かりやすく、日常生活で実践するのも難しくない言葉ですと語った。
 
二児の母親であり教師でもあった管恵美は子供達の教育について考え、伸び伸びと楽しく成長できる環境の中で学習できることを望み、一九九六年、一家は憧れていた未知の国、カナダに移住し、長い移民生活が始まった。
 
未知の将来に直面しなければならない移住には大きな勇気が必要だった。当時の決定を振り返って管恵美は、「当時、慈済中学と慈済小学校はまだ創設されていませんでした。他にもっと良い選択肢があればこれほど重大な決定はしなかったでしょう」と言った。移住した時、彼女はまだ教職から退職していなかったため、六年間カナダと台湾を行き来していた。
 
彼女は花蓮の出身だが、台湾にいた時は慈済のことをあまりよく知らなかった。一九九九年の九二一大震災を経験してから慈済に出会い、知るようになった。しかし、縁はまだ成就せず、慈済の門をくぐることはなかった。
 
二〇〇二年に定年退職してからはカナダに来て家族と暮らすようになった。親戚の紹介で、彼女は慈済カナダの支部長であった何國慶に会った。丁度その頃、慈済がブリティッシュコロンビア州(British Columbia)のサレー市(Surrey)に「サレー慈済人文学校」の設立を計画していた。何支部長は管恵美に教頭になってカナダに「慈済教師懇親会」を立ち上げてくれるよう要請した。
 
管恵美は何支部長に言われたことが忘れられなかった。当時、管恵美は「私はもう定年退職したし、教えることしか知りません」と何支部長に話すと、何支部長から「慈済では『定年退職』とは言わず、『進路転換』と言います。慈済の人文学校では中国語を教えるだけでなく、『静思語』も教えるのです。挑戦してみませんか」と勧められたのだ。
 
カトリック信者である管恵美は異なる宗教の環境下では不便ではないかと一度は躊躇したが、思いも寄らずその一歩で、「慈済ボランティア」が彼女の余生の主な仕事となった。
 
●2016年カナダのサレー市にある慈済人文学校では教師節を祝った。当時の管恵美校長は教師達を祝福すると共に、保護者達に慈済人文学校の教育主旨を紹介した。(撮影・李瑞宸)

静思語クラスは保護者の第一選択

静思語を授業に取り入れたことは、保護者が子供を慈済人文学校に通わせる要因となった。慈済が「人文学校」と称する理由は中国語を教えると同時に、子供たちに道徳教育、即ち「人格教育」をも教えているからである。
 
口コミによって、華僑系だけでなく韓国系、インド系、そして地元の白人の親達までが中国語と道徳を身につけてほしいと願って子供を慈済人文学校に通わせているのである。
 
静思語の読解は子供の中国語教育の時間に影響をきたすのではないかと心配する保護者もいた。しかし、慈済の教育理念である「感謝、尊重、愛」を理解し、また子供の中国語能力が日増しに上達しただけでなく、学んだ静思語を日常生活で実践していく姿を見て、その心配は和らいだ。中国語と道徳教育が相乗効果を発揮し、更なる良い結果をもたらしていると歓迎された。長年の保護者達の支持が管恵美を元気づける原動力になっている。
 
「うちの子を『楽しい精進クラス』に参加させて下さった慈済人文学校の先生に感謝します。子供はここで学んだいろいろな智慧を生かして今後いかに行動すべきかを決めるようになると思います。あなた達は本当に功徳無量です。ありがとうございました」。
 
「この懇談会の後、帰宅してから娘をハグしています。先生からの宿題だと言えば納得するでしょう。本当ですよ!先生に言われたと言った方が余程効き目があります」。
 
「うちの子が静思語から受けた生活教育の影響には驚きました。例えばお兄さんと家事を押し付け合っている時、私が『多く実践すれば?』と訊くと、彼らは『それだけ得られ』と答えます。私がまた『少ししかしなけば』と聞くと、彼らは『失う方が大きい』と答えます。そして、三人で笑い出しました」。
 
保護者の見返りは、先生の最も大きな収穫でもある。今になって思い返せば、管恵美にとって測り知れない慰めになっている。

良い言葉を生活に取り入れれば、親子関係が和らぐ

当初、延々と続く海を渡って、娘二人をカナダに留学させたが、今はそれぞれが幸せな家庭を作り、いい仕事についている。「孫が初めて覚えた言葉は『三字経』ではなく、静思語でした。幼い子供のはっきりしない発音で静思語を言うのを聞きながら、家族は楽しい時間を過ごしました」と孫の子守りを楽しんでいる管恵美が笑いながら言った。
 
その頃、管恵美と子供たちは離れ離れの時が多かった。団らんの時間も短く、いつも静思語を触れ合いとして使い、子供との距離を埋めていた。そして子供に母親が何をしているかを知らせることで、子供も両親の心遣いを理解し、物分かりがよくなっただけでなく、自立できるようになったそうだ。
 
静思語は単なる言葉であるだけではなく、本であって歌にもなるが、それよりも重要なのが生活態度の改善である。管恵美の記憶では、子供が最も受け入れ易くて覚え易い静思語は「怒りは一時の狂気」、「自分を過小評価してはならない。人は誰でも無限の可能性を秘めているのだから」、「心に愛があれば、誰からも愛される」、「良い言葉を口にし、善行し、正しい道を歩もう」などである。何故なら、簡単で分かり易く、軽く口ずさむと同時に、知らないうちに実行でき、家族にも影響を及ぼすからだ。
 
ある年、低学年の静思語暗唱コンクールがあったが、参加者した一人の子供が「太陽と両親の恩に感謝しよう。君子の度量は大きいが、心の狭い人は怒りっぽい」を誦じた時、「私はカナダに住んでいます」と付け加え、会場を大笑いにさせただけでなく、人々はその静思語を覚えてしまった。静思語が人々の記憶に深く残れば、その教えは生活に密着したものになる。
 
「自分を過小評価する必要などないのです。何故なら人は無限の可能性を秘めているから」というのも彼女の座右の銘で、彼女自身気付いていない潜在能力を引き出してもらったと感じたことがある。慈済手話を学んだり、レクリエーション活動で先頭に立ったり、慈済の歌を歌う時、キャンプであっても配付活動であっても、益々よく理解できるようになり、活発に人と交流することによって慈済の人文を広げている。慈済に「進路を転換」した彼女の人生は輝いている。
 
●カナダ・北トロント慈済人文学校で「静思語チャレンジ」活動が行われた。(撮影・丘啓源)

カナダ慈済人文学校の紹介

1997年、慈済カナダ支部は慈済人文学校を2校設立した。西海岸のリッチモンド校と東海岸のトロント校である。今ではカナダ全土に8つの慈済人文学校があり、1792名の生徒が通っている。毎週土曜日の午前中に3時間の授業が行われ、校内には愛のボランティアが先生と生徒の安全を見守っており、教師は典雅な制服に身を包んで模範を示している。授業の内容には中国語と『静思語』が融合されており、生徒がクラスで学んだことを日常生活に取り入れるよう啓発している。
 
(慈済月刊六三五期より)
NO.276