慈濟傳播人文志業基金會
「言葉」と「行動」の間に展開する  生命の新たな容貌
アフリカのモザンビークは半年前、サイクロン・イダイの襲撃を受けていたが、現在の被災地は生気に溢れ、田畑や家屋は新しい姿を取り戻している。被災後、慈済が支援した農耕と建築用器具類が効用を発揮していると言える。首都から来た現地慈済ボランティアたちは、被災地に行って現地でボランティアを養成し、若者が年寄りや弱者の住宅建設を手伝うよう指導している。
 
彼らが大きな心で奉仕するのは静思語の教えからきている。ここでは様々な方言があるが、彼らは何人かの通訳を介して證厳法師の法話を心から理解し、発心して行動に移すことで自分も他人も済度する善行を成し遂げている。「好い言葉は心に入れて用い、生活の中に根着かせるのが『善』です」という證厳法師の言葉を立証している。
 
 『静思語』は一九八九年に初出版されたが、出版業界の有識者として著名だった高信彊が法師の「衆生の為に」という悲願に感服して法師の開示を編集したものである。そして慈済看護専門学校の開校式で来賓に贈られた。
 
当時は台湾経済が飛躍的な発展を遂げ、社会では消費至上の贅沢な気風が生まれ、社会的価値観は揺れ動き、乱れていた。二十年後、高信彊が亡くなった時、文芸界の人々が追悼の記念文章を出した。「彼は強い使命感を持ち、社会形態が変動する中で、社会問題に関心を示し、共同の理想を追求することで、人心を善の方向に啓発していくことを自分の責任としていた」。
 
『静思語』は出版されるとベストセラーになった。分かりやすくて洗練された言葉が、功利が取沙汰される世の中で自分を見失っていた人たちの心を安定させたのだった。『静思語』を読んで心を入れ変え、人生が変わったという話はよく聞く。出版して今年で三十年になり、十八の言語に訳され、販売部数は七百万冊以上を数える。
 
書籍以外に『静思語』は多様な方法で伝えられているが、慈済人の慈善行動により様々な国にもたらされている。それは生活上の指針となるだけでなく、それ以上に実践を通してより大きな力を生み出している。
 
「静思語教育」を押し進めた黄雅蘋は台湾の小学校の先生だったが、彼女は教師と生徒の間に良い言葉や良い話が生まれるという善の循環を造り出すことができただけでなく、教師である自分が「静思語」の精神を深く理解してこそ真に模範となれることを体得したと話している。それ以外に一九八〇から九十年代以降に生まれた若者にとっては、「静思語」の歴史は長いが斬新に感じられ、混沌とした時には精神の支えになってくれる存在なのだという。
 
簡潔な言葉が心に聞き入れられて行動に移せば、自分や人に対して発揮する正のエネルギーは無限である。法師は『静思語』を生活で実践することの重要性を切実に訴えている。「口では良い言葉を話し、心で良いことを想い」、そして「身で良い事を行う」ことで自分が高まる。そして「言葉」と「行動」を通してその真の意義が得られた時、生命もまた「言葉」と「行動」の循環の中で新たな様相を呈し始めるのだ。
(慈済月刊六三五期より)
NO.276