問:
現在中年にさしかかった世代は、親には孝養を尽くすようにと教えられ、また、時代を切り開くために子供をしっかり教育せよと期待されてきたので、「サンドイッチ(板挟み)世代」と言われます。この重いストレスにはどうように向き合ったらよいでしょうか?
答:
結婚した頃はちょうど台湾の高度成長期で、国民は株投資に夢中になっていました。そして、民間が発行した六合彩や大家楽という宝くじも人気があり、誰もが一夜にして金持ちになりたいと願っていました。夫の家は三代にわたり材木屋を経営しています。木材は大きくて重く、大変な仕事なので運転手と運送の人を簡単に見つけられないのでした。でも、不動産業が繁盛したおかげで注文が絶え間なくきました。台湾南部から木材を満載したトラックが一台また一台と続いて北部へと出発しました。私たち夫婦はコマのように回り続けました。
私たちは同時に八十歳以上のお祖父ちゃんと義理の母の世話をしましたし、子供が続けて生まれて、大変忙しい毎日でしたので、ほかのことを考える余裕もありませんでした。また、実家の母がよく電話で「嫁の尽くすべき本分を忘れないように」と言い聞かせてきたので、私はおとなしく嫁の責任を果たしていました。
商売がら私の動作は早くなり、せっかちですが無駄がなくさっぱりとした性格になりました。それに、義理の母は若い頃からしっかりした人だったので、私はさらに年配の人に従順に仕えることの大切さ、それから、「我慢する」という根気を身につけることができました。義理の母に言われれば何でもやり、わけを聞かず、口実を言わず、長男の主人もそういうふうにおとなしく従います。
仕事以外に気晴らしになるような楽しみもなく、両親のために一緒に過ごしていました。二人の子は私たち夫婦の背中を見て来て、親の苦労が自然にわかるのか、小さい頃からおとなしく自己管理ができます。
睦まじいことは貴いことです。平凡で簡単な毎日を過ごすことが家庭生活を営む秘訣です。とくに慈済ボランティアになって十数年が経ち、幸いに人文真善美ボランティア(記録・執筆を担当する)部門にいるので、いつもボランティアの身の上話を書くチャンスがあるのです。平凡な専業主婦やダウン症児や左官の職人や車修理人など、大勢の人の身の上から、バラエティーに富むライフストーリーを会得しました。まるでそれぞれが一冊の経典のようです。彼らは願力で業力をなくし、度重なる現実の苦労を突破して運命に屈しませんでした。そしてさらに奉仕の中から苦しみを乗り越えてこそ幸福になれることを学んだのです。彼らの話が私に頑張る力を与えてくれるように、心の中にこうした貴い人生の軌跡を銘記し、自分の人生におけるお手本としています。
昔から歩いてきた足跡を振り返ると、もし辛い試練がなければ今のように勇気を持つこともできず、これまでの努力がなければ今日の収穫はなかったと深く感じました。五十になって定年を迎え、とうとう安心して生活の重心をボランティアの道に向けることができ、満ち足りた歳月に入りました。普通の生活と違うことを習い、もっと謙虚になり、ここまで歩いてきた人生は簡単に成し得たことではなかったとよく分かりました。必ず常に足るを知り、感謝の心を持ち、何事も大切にしていきましょう。
(慈済月刊五八六期より)
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