慈濟傳播人文志業基金會
法脈、慧命を伝え 宗門に福縁を造る

愛を用いて道をしき、誠の情を結んで、法によって心を浄める

 

煩悩を軽くして、智慧は長く

 

「人心の欲念が燃え盛ると、絶えず人々に消費を促してまだ使える物をゴミにしてしまいます。そしてさらに多くの製品を製造しようと、人類は資源を搾取して環境を破壊しています。破壊して享受を得た後に禍が限りなく起っています」

上人は国内外の環境保全ボランティアに開示されて、人心の無明を嘆かれ、すべては欲望から悪業に至り、その状態はまるで酒に酔って目覚めないようだと話されました。そして「環境保全ボランティアは大地を守護、愛を守護、この世を守護し『覚有情(悟り)』の愛を確かな方向に向けて歩み、慈済の菩薩道を少しのずれもなく歩くよう発願するように」とおっしゃいました。

「五百弟子受記品」の中に、仏陀はフルナ尊者のために授記したことが書かれています。仏陀はフルナ尊者が未来仏に成る時、その仏国土は娑婆の中にあっても清浄で、人心は清らかな瑠璃のように煩悩なく、複雑な欲念がないと言われています。

フルナ尊者は仏の心をしっかりと我が心に秘めて、喜んで最も危険な地へ衆生の説法に行きました。フルナ尊者の済度を受けた衆生は、生生世世にわたって愛を以て道をしき、誠の情で絶えず覚有情の縁を伸ばし、法を用いて人心を浄化させてきたからこそ、清浄な佛国土に成就させることができたのです。

「皆さんもそれぞれの土地で、細心に愛を以て大地に尽くし、法を聴いて福と智慧を心に行動しましょう。もしも確実に仏法を人生の基本とし、着実に前進するならば、罪業は減少し、福慧の因縁が増します」と話されました。

「慈済が歩くこの世の道は、慈悲の心にあふれた菩提道にあります。必要なことは、皆が心を一つにして和やかで互いに愛し合い、協力し合って、いつまでも大愛を以て進展させることです」と言います。上人は、真を以て奉仕し、広く善縁を結んで、人間においては済度を行い、衆生の利益になるよう励まされたのです。

「日々法に触れて深く経蔵に入り智慧を高めれば、法悦が得られます。すなわち『喜法経蔵に入る』ということです。煩悩をなくし、貪、瞋、癡、慢、疑の無明毒気を取り去って、清廉静定の思慮を保っていれば静思が得られるのです」とおっしゃいます。

上人は、人は皆仏と同等の智慧を持っていて、世間の道理に通達することができると言われました。慈済人は信仰がどんな宗教であっても、静思法脈に深く入って、清浄心を用いてその法を受け、「法脈の慧命を伝える」と煩悩をなくすことができます、と言われました。

「慧命とは良能であって、宗門には効能があります」と、上人は皆にお教えになりました。深く法脈に入って、精神理念を継続して伝え、和合協力して、慈済宗門の志業を成就させ、それを以て「宗門に福縁を造る」ことだと。

上人は、フルナ尊者を手本として、身を以て人々に説法し、法を伝え、人々が慈悲喜捨を発揮して世の中の衆生を利するよう教えられました。「法を心に、煩悩を軽くし、智慧が増すと真如の本性により接近することができます」と話されました。

人の命には限りがありますが、慧命は永劫です。上人は《法華経》の精神とその主旨である「小を回って大に向く」を深く体得するよう励まされています。

自分を大切に、家族を愛し、その上に広い心で地域や社会を愛し、さらにその心を拡大して世界に及ぼすということです。世界が平和になれば自分の国家が安泰になって社会が穏やかになり、そして家庭に平安が訪れます。

慈済の志業は一人の力ではなく、少数の人で成しとげましたが、上人は、広大な空間、遥か遠い道は一人の力もなくてはならない、人々が細心に心田を耕し、愛を用いて伝承し、未来無数の五十年が平穏無事であるようにと言われました。

 

無明が去ると、宝珠が現れる

 

花蓮刑務所の劉世典所長と蔡起賢氏が上人を訪問し、慈済ボランティアが親心を以て受刑者に関心を寄せて補導し、受刑者の教化に協力し成果を上げていることに感謝しました。

花蓮の慈済人が花蓮刑務所へ補導に行きはじめてから三年になります。ある受刑者は服役してから二十年経っても、相変わらず無明の酒に酔いつぶれていました。慈済人は母の心を以てその心に寄り添い、ねばり強く目覚めさせ、出所後は人生が一新して良能を発揮するよう感化していました。ある受刑者は慈済人が彼を目覚めさせ、社会から見捨てられていないことを知って信心が生まれ、善に向かうことができたと言いました。

精舎へ帰って祈祷会に参加したボランティアはこの話をしました。上人は受刑者は監獄に拘束されて自由を失っていますが、衆生もまた娑婆世界で業力に繋がれて同じように自由になれません。「因縁があって仏法に接触し、菩薩の団体に入って、菩薩の大道を歩き、『覚有情』の人間菩薩にならなければなりません」と励まされます。

上人はさらに、「身にある宝珠を失くしてはなりません」と言い含められました。「法を生命に注ぎ、慧命を深くし、常に運用すると、心霊は無明の中から解脱できて、自分を正しい方向へ導くことができます。そうすれば、真摯な態度で他人を導くことができます」とおっしゃって、みなを励まされました。

(慈済月刊五九四期より)

NO.236