慈濟傳播人文志業基金會
モザンビーク 思いは千里のかなた
サイクロン被災者が、最も必要とするのは食糧であり、その次が避難所である。
国際慈善組織は直ちに種子や農耕機具を届けたが、
すぐに植え付けを行ったとしても、収穫までには時間がかかる。
被災したばかりの人々は、直面する食糧不足と公衆衛生の危機に
どう対処すればよいのだろうか。
 
二〇一九年四月三日夕方、アフリカのモザンビークの首都マプトのマホタス地区にある支部の園内では、女性を主とする約五百人の人々が物品の仕分けと袋詰めをしていた。作業中、笑い声が響き渡り、時には歌ったり踊ったりすることもあり、道ゆく人はお祭りかと思った。この女性たちは園内で二週間以上昼夜分かたず作業しており、まだしばらく作業を続けなければならなかった。
 
この喜んで無償で働く女性たち、モザンビークの慈済ボランティアは、「慈済の家」と呼ばれる支部拠点で一袋二十キログラム以上の支援物資五千袋を袋詰めして緊急に被災地に発送した。
 
●3月、サイクロン「イダイ」はアフリカ東部の3国を2度にわたって襲った。先ず、モザンビーク中部の沿海都市ソファラ州に上陸し、多くの死傷者と建物の損壊をもたらした。モザンビークの首都マプトにある慈済連絡拠点は直ちに災害調査と支援活動を開始し、500人のボランティアが昼夜兼行し慈済支部で1袋20キログラム以上の生活物資を5000袋梱包し、急いで千里の彼方にある被災地に送った。

災害、疫病、食糧難

 
これら全ては三月から始まった。サイクロンに二度襲われたアフリカ東部は、モザンビーク、マラウイ、ジンバブエの三カ国に大きな被害をもたらした。
 
サイクロン「イダイ」は三月四日に形成され、ゆっくりとアフリカ東部を移動した後、一旦モザンビークの東海上に出て、三月十四日再び海峡からアフリカ大陸へと向きを変え、十五日モザンビーク中部の大都市ベイラに上陸した。
 
「イダイ」の非常に強い風と雨はモザンビークで死者六百人余り、家屋の損傷二十万世帯余り、学校の教室の損壊三千箇所余の被害をもたらした。七十一万ヘクタールの農地が水没し、生活物資の不足は深刻で、救援が焦眉の問題であった。
 
サイクロン被害の後、モザンビークの現地慈済人は直ちに被害調査と支援活動を展開した。三月二十日、首都マプトの慈済人は二手に分かれ、現地の慈済ボランティア・ディノフォイはソファラ州の州都ベイラに向かい、被害調査を行って被災地の状況を報告した。
 
同じ頃、モザンビークにいた蘇柏嘉師兄と現地ボランティアは、支援物資の白米と緊急生活物資を車に載せて北上し、千二百キロメートル以上の寸断されていたり、ぬかるんだ道を経て、大きな被害を被ったソファラ州グルジャ村に到着した。二十七日、現地の被災者に白米を配付し、二十八日はマニカ州ドムべ村で白米を配付した。三十一日はグルジャ村のドンド避難所で生活物資の緊急配付を行った。
 
四月、世界の慈済人の愛で募った二回目の生活物資がマプトの「慈済の家」から大型トラックで千キロ以上の道のりを経て、ソファラ州の重被災地、ンハマタンダに届けられた。
 
今回のサイクロンでンハマタンダは八割の建物が倒壊し、五万世帯余りが被災した。四月七日以降、アメリカ、台湾、中国、南アフリカ等の慈済人がモザンビークの現地ボランティアと共に、ンハマタンダ、ティカ、ラメゴ等の村で老人や子どもがいる家庭に緊急支援物資を届けた。各世帯にトウモロコシ粉、豆、油、塩、石鹸、スプーン、歯ブラシと歯磨き粉、バケツなど、一世帯が一ヶ月に必要な生活必需品である。大規模な配付が継続して行われ、四月中旬までに五千世帯余りの被災者が恩恵を受けた。
 
災害はサイクロンだけにとどまらず、コレラの発生が一触即発の状態だっだ。また、サイクロンにより農地と作物が大きな被害を受けたため、被災地では食糧不足に陥り、モザンビーク第三の人道危機災害が予想された。
 
被災者が最も必要とするのは食料であり、その次が避難所である。国連人道問題調整事務室の統計によると、被災後、約百万人分の食糧が届けられ、食糧農業機関や各国の慈善団体は既に百八十万トンの種子と農耕機具の支給が行われていたが、直ちに土地を耕して植え付けを行ったとしても、収穫までには暫くの時間を要するため、食糧不足は避けられなかった。
 
また、生活が再建されるまで、多くの被災者は衛生条件の極めて悪い避難所で暮らさなければならず、衛生と健康面に心配が残る。ぬかるんだ大地で慈済の物資配付と支援活動は今後も継続される。
 
慈済の支援
●アフリカ東部に位置するモザンビークは海岸線が2630キロにも及ぶ国である。国の経済は低迷し、国連は低開発で重債務貧困国であると公布している。
 
●2012年、長年当地に居住している台湾人の蔡岱霖が慈済と連絡を取り合い、慈済南アフリカ支部ボランティアがモザンビークで支援活動に参加した。蔡岱霖とモザンビーク籍の夫、ディノは現地で積極的に貧困支援をしており、現在までに首都マプトで3000人以上の現地ボランティアを育ててきた。
 
●2019年サイクロン「イダイ」により、20万世帯以上の家屋が損壊したり、流失し、180万人以上が被災し、全国に緊急事態宣言が発令された。慈済ボランティアはマプトから中部地域に災害調査に出向き、その後、海外からのボランティアと共に大規模な支援活動を展開した。4月30日までに1万世帯に緊急時の食糧と生活物資の配付を終えた。
 
国道六号線沿のティカでは被災者のための臨時テント区内で、お腹をすかせた子どもが海外慈善団体の炊き出しの列に並んでいた。
ティカの被災地で子どもが臨時に住んでいるテントの前で懸命に火を起こそうとしていた。

生存の危機に直面する貧困者

普段から物資が欠乏していたンハマタンダでは、被災後、状況は更に悪化した。食糧不足が最大の問題である。

 
 
ソファラ州ラメゴ村では共用ポンプで飲料水を汲み上げている。
ソファラ州の州立衛生所で、海外慈善団体が提供したコレラ予防ワクチンを服用する現地の人々。
災後水没した農地は何週間も水が引かず、子どもの遊び場となっていた。

洪水後の飲料水不足

ソファラ州の衛生条件は悪く、被災後状況は更に悪化し、コレラが発生していた。溜まった水が引かず、飲料水の水源が不衛生だったため、コレラ発生の条件が揃っていた。

 
 
ンハマタンダの物資配付会場で、慈済の行動に感謝し、1人の女性が證厳法師の法相に頬を寄せていた。
物資の配付活動で慈済ボランティアが物資を受け取った被災者を手伝った。
食糧を受け取り、当分の食事に事欠くことがなくなったと喜ぶ被災者。生活物資パックの中には食器や洗面用具も用意されており、伝染病を予防することができる。被災者は顔を綻ばせた。

明日を待ち望む

サイクロン災害後、慈済基金会は多くの人と物資を投入すると共に、国内外のボランティアや善意の人々に、思いやりの大愛精神を発揮することを呼びかけ、被災地に生活必需品パックと米を配付して人々の生活が楽になることを期待した。

(慈済月刊六三〇期より)
NO.271