社会が平安で仲睦まじく、この世から災難がなくなるには、人心の浄化から始めなくてはならない。
正義の声を挙げて
科学技術の発達にともない、インターネットによって様々な情報が飛び交っています。誰でもネット上に真実でない消息を掲載することができ、多くの人がそれに扇動され興奮します。二〇一五年の最後の日に、フランシスコローマ教皇は、マスコミが社会のよい面についてもっと多く報道し、人々の良心を啓発して、暴力、恨みなどの邪悪な面が十万しているこの世の中の平衡を保たねばならないと発言しました。
朝会の時間に、上人もこのローマ教皇の呼びかけに同感され、「現在の社会は『無明の網』に天地を覆われ、人の心をかき乱し、是非を錯乱させられています。もしも世界に影響力のある人が正義の声を挙げ、世界の人々を導いて、各々が自己反省し行為を改めるなら悪の力は消滅します」と言われました。
「大愛テレビ局は清流を流して人心を浄化するという使命を負っています。愛の心を以てこの世の苦難や温かい出来事を報道し、混乱している社会を浄化して社会がさらに平穏になることを願っています」と続けられました。
この混乱した世の中にあって、上人はスタッフが細心に人心を啓発する番組を制作していることに感謝されました。人々が番組を見て広く天下に目を向け、良能を発揮してほんの少量であっても愛を累積して、天下の苦難の人々に造福することを願っておられます。
世の人々の心が浄化することを
「慈済にとっての今日という日」
一九八三年一月二日、上人は慈済聯誼会一回目の時に「自分の体の健康を求めず、ただ智慧が鋭敏となるよう求める。すべて思い通りにゆくことを求めず、ただ気力と勇気があるよう求める。負担を軽くすることを求めず、力量が増加するよう求める」と自分に「三つの求めず」の願をされました。
十二年後にまた、「人心の浄化、社会の平和、天下に災難になきように」と「新春三願」を提起されました。そして歌仔劇(台湾オペラ)の役者・楊麗花さんと談話された時、「『三つの求めず』あるいは『三願』も、そのすべては世の人々に対しての発願です。社会を平和にしこの世から災難をなくすためには、人心の浄化から始めねばなりません。大愛テレビ局が人心を浄化するとの使命を負って、よい面のニュースと番組を通して社会で起こっている衝突や暴力を鎮め、人心の悪を調伏するように願っています」と。
「人の心が汚染されると悪業を造成し、この世の大空もまた汚染されます。仏法は衆生の造った因、結縁、果の報いを受ける道理をはっきりと分析しています。もしも皆が因縁果報の道理をはっきりと見極めることができると、共に知識を高められ共に行動することができます。
上人は、大愛テレビ局の番組「菩提禅心」について、観衆がこの歌仔劇を鑑賞すると同時に仏法の道理を理解し、仏法の妙薬によって心霊の煩悩無明を治すようにと説明されました。
仏法は神話の中のような実在のストーリーではなく、真に身体を以て体験し励んだ道理です。上人は、菩提禅心番組の内容は著作や文章に過ちの多い劇ではなく、仏典の物語または慈済人が体験した実際の話でなくてはならず、出演者はみなたんなる芝居でなく、本人の心持ちになって投入し、説法、法を伝える心持で慎重に、観衆が仏法に接触して道理を思考し努めるよう期待しているのです。
「五十年来、慈済の事業を行ってきたこと、天下の衆生を愛してきたことに、私は少しの悔いもありません。たとえ困難や批判にあっても、『天の試練があっても勇者になる』という感謝の気持ちを抱いています。慈済人が日々天下の苦難の人に奉仕し、身分を気にせず良能を発揮していることに心から感謝しています」
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世界の各地にいる慈済人が菩薩の心を以て、苦難の地に入って衆生に寄り添い助けている感動的な真実のすべての事は、人間蔵経の中で伝える価値があります。上人は「人々の中へ入って修行する時、善行を阻まれても過去世において造った悪縁によるものと自分に言い聞かせ、柔軟謙虚な態度で悪縁を善縁に転ずれば煩悩は起きません。こうすることによって、如何なる苦労も飴のように甘く、安泰に大乗菩薩道を歩くことができ、喜びの心で見返りを求めない奉仕ができます」とおっしゃいます。
苦難の多いこの世、中でも地球の温暖化や病は天下の一大事です。上人は溜息をつかれて、気候変遷、環境悪化の原因は人々の尽きない貪欲の心によると話されます。「マスコミは人心浄化の泉たるべきであって、仏法は人心教化の妙法です。途切れることのない清浄な法水が人心を洗い清め、人々が教化を受け入れ、地球温暖化を防止する行動を起こすよう願っています」
(慈済月刊五九一期より)
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