娑婆の世界は
堪忍事が多い
誓願を立て
心に平らな道を敷こう
誠を以て相対し
愛を以て奉仕しよう
勇気と知恵と慈悲の心を常に培おう
シリア内戦が発生してから五年目になりました。当初シリアではデモ行進くらいでしたが、暴動に変わって、また内戦になり収拾がつかなくなりました。美しい古都は瞬時にして戦場となり、楽しいはずの家々は廃墟と化しました。四十七万人が命を落とし、四百万人以上が国外へ脱出、国家の半数以上の人口が難民に成り果てました。
海であっても陸であっても、脱出の道のりは困難を極め、砲火だけでなく高波や遭難の危険をも冒さなければなりません。幸いにして他国に逃げることができても、難民の身分では衣食どころか家もなく風雪に耐えねばなりません。ニュースで見ると、難民たちは一時的にテントの中で寝起きしており、傍には濡れた衣類がかけてありました。……本当に気の毒です。シリア難民の悪夢はいつになったら覚めるのでしょうか。自分ではどうすることもできません。
近年来、シリア、イラク、アフガニスタンの中東国家の難民は「バルカンの路」を経由して北上しヨーロッパに逃れる人が多く、セルビアはこの通り道にあたるため、毎日のように千人以上が国境を越えてきています。昨年末、台湾の外交部(外務省に相当)を通じて慈済へ、セルビアが国境を超えてくる難民に手を差し伸べてほしいと希望しているとの支援の依頼の書簡が送付されてきました。
二○一四年ボスニアで水害が起きた際、ヨーロッパの慈済ボランティアが三度にわたって被災地のサマチ鎮で配付活動を行いました。昨年十一月、同鎮の議長が台湾までお礼にこられた時に隣国のセルビアが慈済に救助を求めていることを知り、その時は自分も慈済に協力したいと申し出てくださいました。
ヨーロッパの慈済人はセルビア難民の状況を調査して、物資の準備作業のため数回セルビアの首都ベオグラードの難民事務委員局を訪問しました。三月に配付をしている時、ボスニアのサマチ鎮の議長はかつて慈済の援助を受けたことのある十六人の人々を連れて、慈済の配付を手伝いました。
中東からヨーロッパに逃れる難民はますます多くなって、毎日のように大勢の難民が国境を越えています。ギリシアのバルカン半島各国は、その負担に耐えられないばかりでなく、難民と当局の衝突が絶えないために、国境は開けたり、閉めたりしています。
十数カ国の慈済ボランティアは、三月一日にバルカン半島のセルビアに集まって、国境を越えて来た難民に一万人分の防寒衣を提供しました。しかし思いもよらずマケドニア国境が閉鎖され、難民はセルビアを通ることができずギリシアとマケドニアで足止めされ、引き返す人もいました。
突然の状況変化にもかかわらず、慈済はあきらめずに難民収容所や駅で奉仕していました。そして、注意深く寸法を確かめて合う服を選んで着せ、幼い子どもたちは温かい着物にくるまれ笑顔を見せました。それに比べ、青少年たちは無表情で、それは彼らの年では辛すぎる苦しみに遭ったためでしょうか。ボランティアたちは心を痛めていました。
臨時の難民避難所で、生まれたばかりの赤子を抱いている母親は、栄養不良のため母乳が出ないので、すぐに粉ミルクを買ってあげました。長時間硬い保存食ばかり食べていたので、温かい食事は彼らをお腹の中まで温めました。
難民たちは一秒も早くこの門が開けられ、未来の希望へ向かって通り抜けられることを願っています。慈済は彼らに安楽の地を提供できないものの、厳しい運命が待ち受けている彼らに真心を以て寄り添い、いたわって希望を持たせ、彼らがこの世にも温かさがあることを感じ、記憶に残してほしいと願っています。そうして心に愛の種が成長し、いつか将来故郷に帰って人を助けられる人になることを望んでいます。
彼らはいったいいつになったら難から逃れることができるのでしょうか。その答えはありません。ヨーロッパ各国の難民政策は刻一刻と変化しています。最近国際社会ではシリア戦火を収めるための調停に各国が努力して、難民が再び流浪することなく、自分の故郷で家を再建するよう願っています。
人と人による対立は社会を不安に陥れ、その上戦火が生じると人々に悲劇をもたらします。天下の人心が調和し、互いに愛し助け合うと、この世は平安幸福になることができます。
命を尊び、宗教の分け隔てなく
互いに努め励み、助け合って 愛を循環させよう
二十日間、十カ国あまりの慈済人は、リレー式にセルビアで配付を行いました。テレビ会議で彼らと顔を合わせましたが、小さい会議所に集まった大勢の人の、どの人の顔も慈しみに溢れているのが見られました。私は皆に言いました。「ご苦労様です」と。皆は少し疲れたけれど、難民の苦労を見ていると、自分はもっと福を大切にして、奉仕する機会があったことに感謝しなければ、と言いました。
ヨーロッパ各国から来ている慈済人は、皆同じ信念を持っています。だから自発的に異郷のセルビアへ来ているのです。ドイツからセルビアまで五カ国を越え、車で十数時間も走らせなければなりません。自費で来て誠を以て皆と集い愛の心を以て奉仕しているのです。一カ月にわたる配付を皆で交代してやったものの、その過程では、初めての土地である上に異なる言語、入国管理規制など多くの困難がありました。しかし彼らは、智勇悲の心念を抱いて精進から退かず、努力して一歩一歩進んできました。
この精神は当地の人たちに称賛され、新聞の第一面に慈済の難民援助の様子が報道されていました。これが反響を生んで、慈済ボランティアにNGОの識別章が発行され、また当地の食糧提供の慈善団体Remar S.O.Sは、慈済人に厨房を使わせてくれました。こうして、難民たちに温かい食事を作ってあげることができました。
三月下旬、慈済は大量の即席飯と食器を当地に送り、現地ボランティアが温かいご飯を炊いて難民に提供することができました。慈済ボランティアは人数に限りがあるため、難民の中から希望者を募って即席飯の作り方を教え、同胞に奉仕していました。
苦難の多いこの世ですが、愛の心を持つ人たちがセルビアへ集まっています。各国の難民援助の団体は自分の家族のように、宗教の分け隔てなく励まし合い、助け合って難民に温かい衣類や食べ物を供給すると同時に心の苦をも慰めています。この国境を越え、宗教、民族の別のない愛は実に感動的です。菩薩は衆生の苦難を憐れみ、力を尽くして衆生を苦から救っています。そして、慈済人は菩薩を志とし、すべての人の命を尊重して愛の力を発揮し、苦難の人に寄り添い励ましています。濁世にいても汚染を受けず、喜んで奉仕していることが「覚有情」です。
群衆の中では衆と和し
直心とは道場
深い心は浄土
協力して共に善事を行うように
釈迦の弟子の中で「説法第一」と言われるフルナ尊者が、釈迦に荒れくれた地に行って人々を教化したいと願い出ました。たとえ罵られたり、暴力をふるわれたり、はては生命の危険に遭っても喜んで行きますと。
そして釈迦の祝福のもとに、フルナ尊者は堅い決意と願力を以て彼の地へ行きました。彼は医薬に精通していて、病の人を見ると薬を調合して与え、貧困や飢えている人を見ると托鉢で得た物を恵み、煩悩で苦しんでいる人には説法をしていました。こうして様々な逆境に遭っても自分の発心立願は片時も忘れていません。柔軟堅実な力で頑な衆生をも感化し、すべての難関を勇猛に克服して、終に荒野で仏法を信奉する人々を導いて菩提心を発揮しました。
フルナ尊者の思いやりの仏心、力行誓願はどんな衆生をも見放さず、たとえいかに遠くても助けに行き、艱難であればあるほど発心立願を強めていました。過去、現在、未来、絶え間なく仏法を宣揚し、説法し、法を伝え、数知れない衆生に益しました。ですから《法華経.五百弟子受記品》の中で、釈迦はフルナ尊者のために授記をしました。未来の成仏名を「法明」、国名を「善浄」としたのです。
「善浄」の意味とは「衆生を善化し心を清浄にさせる、国土の清浄」です。つまりこの地の人民の過去は尊者が度化した結縁の衆で、修行のために来ている心身浄潔、行は法の中にあり、刻々法喜と禅悦に溢れているということです。
法明如来の仏土は平坦で美しく、荘厳にして清浄、善人の集まっている何人もあこがれる所です。それに反して娑婆世界は、うねうねとして人心は絶えず無明を複製し、好い事に随喜なく、その上誹謗の言を発します。
しかしながら、人々は発心立願して、フルナ尊者の不独善を学んでいると、群衆の中に入っても和の精神を発揮することができます。ただ自分に合う人を選択して一緒に仕事するのではなく、他の人にも機会を与えなければいけません。
もしも人々が今の時を把握し、心して仏法の薫陶を得て絶えず精進奉仕し、愛で以て人々の心に平らな路を引くと、ついには娑婆世界のうねうねとした路も平らになると信じています。
直心とは道場で、深い心は浄土です。深く群衆の中に入って、群衆の無明煩悩の中で、自分の発心と志願が堅いかと試すのです。そして人々の心に広く善の種子を蒔く、その心がすなわち清い国土であって、この世は平安和楽になることができます。
深い心と願力で
無名の網から抜け出し
菩薩の網で広く
善縁を結び善根を養う
花蓮県の万栄郷に住む五十歳を過ぎた林さんは妻が亡くなった後、意気消沈して終日酒びたりで仕事にも行かず、終に半身不随になり仕事に行けなくなりました。
花蓮県瑞穂郷の慈済ボランティア蔡秀鳳が、ある時彼の家の前を通った時、彼は地べたに横たわって、傍には水だか酒だか尿だか分からない液体が一面に見られました。「師姐助けてくれ。助けて!」と、ろれつの回らない声、それにひどい酒臭さに近寄ることができませんでした。
家へ帰っても三日間眠れません。どうして助けてあげなかったかと。そして数人のボランティアと一緒に再び彼を尋ねました。家の中に入ると、十字架があるのを見て初めて彼がクリスチャンだということがわかりました。その傍の一枚の紙には、「自分に対しては誠実に、一日に飲んだ酒の量をきちんと記録すること。家を資源回収物の分類所に使ってください」と書いてありました。
人に禁酒を勧めるのは容易なことではなく、秀鳳は彼に失望して世話をしてあげませんでした。しかし上人の言われた、一粒の種を撒いて大樹になるには長い時間がかかるとの言葉を思い出したのです。それから彼を見離さず世話をしている中、彼は遂に禁酒に成功して環境保全の力強い一員になりました。
人を助けるには自分を変えなければ、相手を変えることはできません。この世には苦しいことが多く、無明の網にかからないようにしなければなりません。もしも見極めることができなかったら、道理も明らかにならず、道心はだんだんと退き、煩悩は一波一波と押し寄せ、浮き沈みするのは実に辛いことです。
心は広く豊かに持ち、願力を発奮して菩薩の網を広げるのです。衆生を一粒一粒の種と見て、菩薩は大地の農夫のようにその一粒一粒を丁寧に耕し、感化し、善根を成長させると砂漠も終には豊かな緑になると信じています。 菩薩道を行くには群衆から離れずに、大衆の中に入っても法を心にしてこそ揺るがない道心になることができます。奉仕をするにも相手が真に必要とするものを見極めることです。その実、奉仕とはそれによって自分が喜びを得て自在になり、心の内に徳行を積むことで、さらに菩提大道に一歩進むと慧命が増します。
皆さんの一層の精進を願っています。
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