慈濟傳播人文志業基金會
第一線を支援

慈済は緊急災害支援に於いては後方支援を行う団体であり、第一線を支援する。救助隊員の指示に従って支援区域を担当すると共に被災者の面倒を見る。

慈済ボランティアは普段から役割別のチームに所属し、災害時には迅速に出動してそれぞれの役割を果たす。台南支部と花蓮本部は連絡を取り合い、被災地の前線にいるボランティアの後ろ盾となって、随時、物資の供給や人員配置の調整を行っている。被災地では誰彼の別なく、今年の年越しの食事は弁当になったが、逆に祝福と大愛の雰囲気に包まれた。

 

フライ返しを握り、様々な料理を食事を作り続ける

 

大晦日の夕方六時頃、慈済台南支部の食堂で鍋料理の用意ができた。香り豊かな薬膳鍋が、地震で家屋が損壊したり断水した二世帯の人が年越しの食事に来るのを待った。

厨房の責任者である李慶揚は厨房で翌日の弁当に使う食材の準備に忙しかった。右手にフライ返しを握り、休むことなく中華鍋の「八角干竹の子」を返していた。地震発生から三十分、李慶揚と仕事仲間の呉俊廷は、弁当とお茶、菓子などを被災地へ届ける用意をして待機した。そして、彼らの助手は近隣の仁德、帰仁、東区のボランティアが交替で引き受けた。

災害は突然やってきた。李慶揚は支部に来て冷蔵庫を開けて調べると、必要な物がなかったため、経験豊富な彼は身近にある慈済の「即席飯」で対応することにした。彼は素早く数百人分の「即席粥」を作り、被災地に朝食を届けた。

李慶揚によると、ほとんどの店はすでに正月を迎えるために故郷に帰り、閉店していたので、野菜も食材も手に入れることが難しかった。彼が頭を悩ませていた数時間後、次から次へ善意の人たちからキャベツや白菜、カリフラワー、ニンジン、大根、ジャガイモ、トマト、及び生姜や生姜湯などが届いた。それらはちょうど、地震後初めての昼食となる約七百人分の弁当に使うことができた。

李慶揚は料理ボランティアの中に買いつけ専門のチームを作った。「私たちはいつでも使えるよう、できるだけ多くの食材を買ってきて冷蔵庫に保存しました。善意の人たちが野菜や米を静思堂に届けてくれ、本当に感謝しています」と彼が言った。

正月期間中、李慶揚は料理チームをしっかりと率いた。毎日早朝からつめ、毎日、第一線で働く人たちや怯えている住民にできる限りのことをした。

食材の準備に忙しかった李慶揚。(撮影•莊慧貞)
 
被災地周辺の数多くの店や住民が公衆に場所を提供した。捜索隊員の休憩場所になり、慈済ボランティアはそこで炊き出しを行った。
 

 

移動式厨房で近づいた

移動式厨房は、元は台湾中部大地震の支援経験から開発されたものであるが、幾度もの改良の末、機動性に優れ、大量の食事を提供できるようになった。炊き立ての食事が人々に早く届けられ、彼らの心を近づけた。

 

永康区の永大路は広くて賑やかである。地震の後、交通規制で道の両側には数多くの警察の車や消防車が並んだが、全ての車は維冠ビルの方向に向けて停められており、あたかも民衆の善意がそこで集結し、心から被災者を祝福しているようだった。

夕方、倒壊現場から遠くない天公廟の屋根に黄色の灯が多く灯されたが、その光には眩しく温かみが感じられた。各地からやって来た慈善団体は順に廟の周りに駐屯し、全力で支援した。頼まれもせずやって来た慈悲深い菩薩は一緒に困難を克服しようとしている。

天公廟の脇に「仏教慈済移動厨房」と書かれた車が停まっていた。ボランティアの王翠杏は熱意を込めて、食事を受け取りに来るよう呼びかけた。彼女が大きな鍋の蓋を開けた瞬間、濃厚な白い蒸気が立ち上った。具がいっぱい入ったスープだ。「熱いスープをどうぞ! 出来立てだから熱いですよ!」。王翠杏は雨靴を履き、大きなおたまでお椀に注いでいた。

これは新竹の慈済ボランティアが二〇一三年に開発した二代目の移動式厨房で、被災地の現場で炊き出しをすることができる。一台に六つのコンロがあり、ご飯を炊いたり、炒め物をしたりスープを煮たりできる。蒸すことができるのも一つの特徴で、タンクには一トンもの水を蓄えることができる。三時間以内に四種類のおかずと一種類のスープがそろった弁当を九百食作ることができる災害支援の大きな助け舟である。その厨房にはLED照明がついており、夜間でも作業ができる。

 

深夜食堂

 

移動厨房は二月十日に台南に到着し、ボランティアは車の前方に「静思福慧食卓」のプレートを置いた。現場で待機していた被災者家族がやってきた。ボランティアが両手で丁寧に熱いスープを差し出し、彼らを心から祝福した。

台南市の消防隊員である廖峰谷は地震が発生した時、出動指令を受けた。それから連日の作業で体力を消耗した上に、濡れた服を着たままにしていたため、熱を出してしまった。移動厨房のところに来て、ボランティアから熱いスープの麺をもらった時、彼はとても感謝した。彼は一口ずつ満足した様子で食べた。

「こういう移動式厨房は利便性が大きい、被災地で料理ができるほか、土ぼこりでいっぱいの現場から少し離れて作業することができ、食べ物は衛生的で安心して食べることができます。人々が炊き立ての美味しい夕食を食べられるのは実に素晴しい!」

真っ白なボディーの移動式厨房は臨時駐車しているダイニングカーのようだ。温かい麺やスープ、お茶、コーヒーなどが提供され、二十四時間開いている。それは年中無休の慈済ボランティアの愛のように、黙々と被災者に付き添い、お腹が空いている人に麺を与え、温かさを求めている人に灯を灯している。

二月十三日、捜索隊は任務を完了し、その晩、移動厨房も店じまいした。その時、数多くの人がその機能に興味を持って見守った。

「タンクの水を流してください」。移動式厨房を片付ける前にタンクを空にするが、それは長い間、溜った涙が流れ出したかのようだった。任務が完了したと同時に別の感慨が湧いてきた。毎回、出動する時、それは災害が発生したことを意味しているからだ。

遠くから天公廟を眺めると、廟全体の灯で聳えたっているのが見え、玉皇大帝は台南に住む人々を加護している。最も困難な時期に、台湾人の愛が集結して人々の情が余韻を持って続き、慈済ボランティアの善意が共振することで、その情は永遠に留まるところを知らない。

 

台湾南部地震に於ける慈済支援統計

2016年2月6日 午前 3時57分

高雄美濃でマグニチュード6.4の地震が発生

死者     117名

負傷者   510名

危険家屋 151棟

学校の被害見積もり 1億395万元

慈済ボランティア動員数 延べ15,462人

(統計:2月19日現在)

 

 

NO.232