慈濟傳播人文志業基金會
台湾原生魚類の守護者 鍾宸瑞

 

台湾原生魚類保育協会の創設者の一人である鍾宸瑞は、原生魚の再生飼育を学校から始め、生徒が興味を持って実体験から学んでもらう活動を行っている。絶滅の危機に瀕している魚類を救うことは価値があり、原生魚類が台湾で自由気ままに生息することを期待している。

 

「これはタイワンキンギョ(Macropodus opercularis)で、こちらがタイワンアカハラ(Candidia barbata)です」。図鑑にしか出て来ないような魚の名前が裕民小学校の生徒の口から飛び出す。五年生の林静儀、周芊妤、呉曉芃は水槽で泳ぐ魚を熱意を込めて私に紹介した。魚の名前が分からない時は、すぐに解説板から答を探した。

裕民小学校は全国で初めて「台湾原生魚類生息回廊」を作った学校で、一目見ただけで驚嘆する。四十数種類もの台湾原生魚類は人々を喜ばせ、私たちが見たこともないようなきれいな水槽と美しい神秘的な小魚は、学校の一画を活気ある場所に変えた。

鍾宸瑞は新莊裕民小学校の社会科の教師であると共に、台湾原生魚類保育協会の創設者の一人でもある。二〇〇〇年、台北県農業局は中学校や小学校でタイワンキンギョの飼育促進を図っていた時、もともと熱帯魚の飼育に興味があった鍾宸瑞は同校を代表してタイワンキンギョの飼育に関する勉強を始めた。彼は資料を調べるにつれ、台湾原生魚類に対する知識が少ないことに気づいた。そして、子供時代、内湖地区に住んでいた時、そこはまだ、あまり建設が進んでおらず、周りは水田で、水生動物があちこちに見られ、釣り糸を垂らして仲間と遊ぶのが子供時代の最高の時間だったことを思い出した。

しかし、都市の変貌と共に溜め池や湿地は埋め立てられ、家が建つようになった。魚類は鳥や蝶蝶、昆虫と異なり、後者は生息地が一旦破壊された後、適した生息地が再建されれば戻ってくる可能性はあるが、魚類は一旦生息地が消えると存在しなくなる。

異なった二面は両立しない

 

台湾原生魚類が絶滅の危機に瀕している原因の一つは生息地の破壊である。上流の農業によって土砂が流れ込んだり、農薬で水が汚染されたこと、中流では土手のコンクリート化が進み、元来の湾曲が削られて魚類の生息に必要な水生植物が取り除かれたこと、そして、下流のひどい排水汚染などがある。

魚類の再生飼育は実は簡単なことで、ほとんどの台湾原生魚類は一年ほどで新たにグループ分けできるのだ。「しかし、破壊されるスピードがあまりにも早いため、私が行っていることは再生飼育とは言えず、種の保存に留まっています」と鍾宸瑞は溜め息をついた。

台湾原生魚類は二種類に分けることができる。一つは湿地や溜め池型で、政府による生息地の保存や研究が不足しており、かなり危機的な状況にある。その類いの魚類は寒さや暑さに耐えることができ、一般の学校や地域社会に適している。もう一つは渓流型で、政府が渓流での捕獲を禁止しているため、比較的種の保存ができている。この種の魚は水質の要求度が高く、一般の人が飼育するのは容易ではない。

キクチヒナモロコとニホンメダカ、タイワングリーンバルブは現在、台湾原生種で絶滅に瀕している魚類である。キクチヒナモロコは水田に生息する生物で、生息の危機は人類が水田を埋め立てて別の用途に使うために起っている。ニホンメダカは草食で、卵生だが、日本統治時代にボウフラを退治するために持ち込まれたカダヤシは生息地が重複する上に肉食で、稚魚は生まれた時から餌を探す能力を備えており、ニホンメダカの孵化していない卵を食用にしたため、ニホンメダカは日が経つにつれ、次第に溜め池から姿を消していった。そして、タイワングリーンバルブは外来種の侵入によって生息地がせばまって行った。政府はその三種類を未だ保護種には指定していないが、学者は引き続き研究調査を続けている。保護指定動物に入ることは必ずしも良いこととは言えない。法律の規定で一般の人は近づけないが、皮肉なことに、政府が先頭に立った工事によって生息地が破壊されている。現場には魚類の保護指定をする由を公示するだけで、積極的な行動が見られないため、動物保護団体は別の方法で救うしかない。鍾宸瑞は他の原生魚類が保護動物に指定される前に、できる限り再生飼育された魚を学校の生態保護池で飼育するよう急いでいる。

 

台湾原生魚類保育協会

 

タイワンキンギョを再生飼育する過程で、鍾宸瑞はインターネットや友人の協力によって多くの有志を募ることができた。二〇一一年、政府の許可を得て、台湾原生魚類保育協会を設立した。

今は主に学校でその生態教育を行っており、台北市中正高校、台北県裕民小学校、桃園市楊梅高校、台中市大雅小学校が台湾原生魚類保育協会が全国で再生飼育している拠点である。将来的にはさらに多くの情熱を持った教師を募り、原生魚類の分布を広めるつもりだ。

活動過程では数多くの人が自主的に協力を申し出たが、一時的な興味や話を聞いただけでやって来た人などが混じっていた。鍾宸瑞は初めは疑うことを知らず、相手も同じ志を持った魚類保護を目指す人だろうと思い、再生飼育している場所や魚の種類を教えてしまった。しかし、結果は予想に反して、教えた飼育場所が無惨に破壊されていた。それ以降、情報を漏らさなくなった。

「そういう状況に遭遇するのも仕方ありません。魚類の飼育には時間や気力、またはお金をかけなければならず、さまざまな要因で多くの人が途中で止めて行きました」と鍾宸瑞が説明した。「ですから情熱があることが一番肝心なのです」

桃園県大溪にある豆腐店「傳貴」のオーナー、王美玲は鍾宸瑞と長年の知り合いで、彼の苦労をよく知っている。「飼育にこんなに時間をかけたら、奥さんや子供と一緒に過ごす時間がないんじゃないですかと鍾先生に聞いたことがあります。彼は『当然ですよ。家内はすんでの所で離婚協議書を差し出すところでしたよ』と冗談を言いました。ですから家族の応援が大切なのです」と彼女が言った。

台湾原生魚類保育協会の構成員はさまざまな分野の人で構成されている。「魚を保護しようとする気持ちは皆一緒ですが、考え方が異なることもあり、顔を真っ赤にして言い争う時もあります。全てはよく話し合うことです」

台湾が地理的に分離されているため、固有の種は四十以上に及び、研究が進むにつれ増えて行く可能性がある。しかし、自然環境の中に生息する「外来優勢種」または「外来闖入種」も既に四十種類以上登録されている。カダヤシやカワスズメはよく台湾原生魚類に間違えられる。

このほか、北部、中部、南部、東部にそれぞれ異なった原生魚類が分布していたが、人為的なミスで南部にしかなかった原生魚類が北部で見つかっている。西部を例にとると、台東と高雄の川の上流にしか存在しなかった地域性の強いワダカチとアロワナカープが台湾の中部と北部の川で見つかり、それも種の群を作っていた。それらは台湾の原生魚類であるのに、出現すべきでない生息地で見つかっており、そこの原生種の生息空間を圧迫しているため、「台湾原生外来種」と呼ばれる。

野外調査は風の便りと昔ながらの方法に依るしかない。それは原生魚に関する文献や研究が少ないため、高山の森林地帯から低地の溜め池まで、また、騒々しい人間の世界から人里離れた荒野まで、少しでも噂を耳に挟めば、協会の会員は即座にその場所に向かう。以前、不慣れな場所で池に落ちた人もおり、こういう活動もある程度の危険を伴う。「他の人は私たちは馬鹿の集まりだと言いますが、私は魚を救えないことだけが心配なのです」と鍾宸瑞が肩をすくめて言った。

 

絶滅寸前の台湾原生魚類

 

「ニホンメダカの例を言えば、三、四年かかってやっと見つけましたが、本当に大変でした。丸一日かけても何の手掛かりもないのが常でした」。やっとのことで伝説の原生魚が見つかり、心の重しが取れた。飼育初期、安心して生息地を離れたが、しばらくして調査に戻ってみると、状況は九十九パーセント変わっていた。「生息地が破壊されたり外来種が入ったりして、原生魚は当然のことながら消えていました」と鍾宸瑞は悲しげに言った。無惨な失敗を経験してから、彼はまず緻密に付近の環境の優劣を調査すると共に種を保護する作業を行った。別の生息に相応しい場所が見つかった時に初めて魚類を野生に帰した。しかし、それでも問題が次から次へと起こった。

永久に安全な土地を探すのは容易なことではない。原生魚が暮らせる場所を与えるために、鍾宸瑞は自分の職場から始め、新北市教師研修系統を使って原生魚研修活動を公表した。これにより、学校やテレビ局から要請されて教育の普及活動になり、無駄にはなっていない。

鍾宸瑞と協会の努力で、桃園大渓で豆腐を販売している詹文炯は再生飼育と普及活動に加わった。六年前、協会と一緒に池を自然の生息地に変え、今ではほとんど人工的に保護する必要がなくなった。来訪者を迎えるのが好きな彼は私たちを連れて参観した。「ここでは飼料を与えることはありません。同時に水草を植えて昆虫を引き寄せるのは自然に食物連鎖を作り出すためです。異なった魚類には異なった役目があり、自然に清掃してくれます」

生態池は雑多の中に秩序がある状態で、自然界の美の神秘が現れている。「参観に来る人の多くは宗教団体で、人工の池をどうやって自然の生態池にしたのかを理解しようとするほか、協会が研修会を開いたり、鍾先生が課外授業に生徒を連れて来たりします。私はどれも喜んで場所を提供し、自ら解説員となって魚類の生態系での役割を教えています」と詹文炯さんが言った。「食物連鎖の断絶は一種の警告ですが、種の再生飼育によって環境はもっと良くなります」

 

原生魚に自由に泳ぎ回らせる

 

台灣原生魚類保育協会の常務監事陳勝華は地域での原生魚類教育の普及活動をしているが、魚の飼育するのは余暇になるだけでなく、地域社会の住民の感情を育むと思っている。また、人類の知識には限りがあり、一生かけても学習しきれない。「生態を理解することは謙遜を学ぶことができる」とも思っている。

地域に普及させる教育を始めるに当たって、住民に負担をかけないとの原則の下に、魚と飼料の提供や無料の飼育法の講義は全て自腹を切って行っている。一般大衆が知らず知らずのうちに生活の一部にすることを期待しているが、人々の情熱が持続するかどうかが一番の問題である。

このほか、資金不足が常に頭の痛い問題である。「しかし、やり続けるしかありません」と鍾宸瑞は当然のことのように言った。毅然として動揺しない精神を彼の体から感じ取ると共に、政府が宣伝を増やして多くの人の力を集結することにも期待している。「私たちだけでは足りません。若い人が参加し、お金があればお金を出し、力があれば力を出してくれれば、長続きします」

「台湾で生活している以上、台湾に関する知識を持つべきです。もし、図鑑で写真を見るだけなら、それはとても悲しいことです」。鍾宸瑞は人々を教育する時、食用にできるのかどうかを一番よく質問されたことを思い出した。「魚類は人間に食べられる以外にも意義のある存在なのだということを大衆に教育すべきです」と話す。十枚の外来種の写真を見せると、人々は七、八種を見分けることができるが、原生魚はタイワンキンギョと最も有名なタイワンマス以外はほとんど知らない。

「『外来』をなくして、『原生』に戻す」ことが鍾宸瑞の一貫した理念で、原生魚が台湾で悠々と泳ぎ回ることが彼の究極の目標である。

 

魚は環境保護の起点に過ぎない

 

その日は雨がしとしと降り続き、気温は二十五度前後だったが、魚類が活動するには最適だった。鍾宸瑞は再生飼育に成功した原生魚を中正高校に運び、校内の生態池に放流して魚の新しい住処にするつもりである。

私たちの到着を待っていた陳華傑は中正高校の物理の教師であると共に、その拠点の責任者でもある。彼は学校に八人のチームを作っているが、国語の先生や化学、物理の先生もいる。「魚を教育と結びつけると、異なった科目が魚と密接な関係にあることが分ってくるし、科目に繋がりができることで、独り歩きすることがなくなるのです」と陳華傑が言った。

二〇一〇年、学校は元来の貯水池を原生魚が生存できる環境を備えた模擬生態池に作り替えた。二〇一五年九月には学校は魚類飼育場を作り、「原生種の再生」という選択科目を導入した。内容は原生魚類の他、蛍と蝶蝶の再生飼育も含まれている。

「生態保護、再生飼育、教育」が学校で台湾原生魚類教育を進めて行く上での目標である。鍾宸瑞教師にとって、「生態保護」とは生息地を破壊しないことであり、「再生飼育」は仕方なしに取る最後の手段である。そして、「教育」は大衆に正しい生態保護の観念を持ってもらうことであり、学校の教育に始まって、自ら生態保護活動に参加し、最終的には魚を自然環境に帰すことである。「学校はノアの箱船であり、宣伝促進を通して魚を台湾の自然に帰すことなのです」

NO.233