旧正月の除夜を迎える前夜、台湾の南部で地震が発生した二週間後、慈済が再建援助をした花蓮、台東地区の十五校の老朽化した校舎の改築起工式典を行った。屏東にある五校はすでに完成し、教師と生徒は新校舎に入る準備をしている。
これは「減災希望プロジェクト」と言われる校舎再建プロジェクトである。ことの発端は二○一四年、證厳法師が南部を行脚した際に、町や村で老朽化した校舎の危険性について心配する声を聞いたことに始まる。ある校舎はほぼ危険建築物と化しており、万一地震が発生したら生徒や教職員はどうなるか、子供たちの教育はどうなるかと心配されていた。
證厳法師は学校と病院は倒れてはならないという理念を持っている。ただちに防災のために再建すべきで、災難発生を待ってから再建するのでは遅過ぎると考えた。だが、教育部の学校再建に対する年間予算はわずか五十億元(一元は約三・四円)あまりである。台湾全国で二十二の県と市にある万単位の老朽化した校舎の修繕は進行してはいるが、焼石に水のような状態だ。
慈済が援助して、高雄、屏東、花蓮、台東地区の二十一の校舎の補強工事が進められた。また、花蓮の五十九の学校に三百個のトイレを取りつけた。
再建援助はただ学校を建設するだけでなく、一九九九年の台湾中部大震災の再建援助の原則と経験をもって、現地の人文、地理、景観、環境緑化を考慮し、人文の雰囲気溢れる新校舎を建築して、生徒が充実した学園生活を送れるよう期待していた。
旧校舎の解体に先立ち、慈済ボランティアは家々を回って、建設期間中に交通路線が変更されることや、騒音やほこりの問題が生じることへの了承を求めた。そして執り行った解体式典には卒業生が一同に会し、感謝とお別れの気持ちを込めてかつての学び舎を記憶に留めた。
ボランティアが学校に行った時、先生と生徒たちは塀にはめこまれた絵を取り外していた。台東のボランティアは生徒たちに記者になって学校再建の記録を採るように勧めていた。学生はこれによって郷土のことに関心をもつようになり情が芽生える。再建の記録を作成することは一種の教育にもなる。
「減災希望プロジェクト」の中で、多くの学生の心に無数の祝福と成長記憶を残すことであろう。同じように慈済が成立して以来歩んできた五十年の記憶も無数の人の心に記憶を留めている。慈善、医療、教育、人文の各分野における社会貢献は、数々の苦難を伴ったが人々に温かい希望を注ぎ、多くの人の再生を応援してきた。
慈済は誠正の精神、信実の原則を以て、この世に大愛を伝播している。強固な基礎で、菩薩の情を以て自覚すると同時に人をも覚醒させ、社会福祉と生あるものに関心を寄せ、これからも人生の希望工事が続けられることを願っている。
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