慈濟傳播人文志業基金會
慈悲善行に福が満ちる 世に智慧あり 代々徳を伝えよう

福を求めるよりも自ら造ろう

財を蓄えるよりも徳を蓄えよう

大地を保護する心でいれば

天災や人禍はなくなる

 

一年が去り新年を迎える時期にあたって、過ぎた日々が平安であったことに感謝し、謙虚な心をもって未来の日々を迎えなくてはなりません。毎年変わらない私の願いは、人心の浄化、社会の平穏、天下に災難のないようにという三つの念願です。唯一世の中が平安になることが人々の幸福です。

慈済は勤労、倹約、克難をモットーとした「竹筒歳月」から始まって以来、半世紀にわたって一筋に歩いてまいりました。少ない人数から堂々たる隊伍に成長した慈善の足並みは、今では世界九十カ国以上に及んでいます。その精神と理念は変わらず、内に「誠正信実」、外には「喜捨」を修めてまいりました。 

奉仕を発心立願したからには、さまざまな試練に遭っても初心を忘れてはなりません。「誠」の心をもって衆生済度を誓い、「正」の心をもって煩悩を断つ。「信」の心をもって法門を学ぶことを誓って、「実」心で仏の道へ行きます。地に足を着け着実に奉仕し、いかなる苦労にも怨みも悔いもなく、見返りを求めない奉仕は安心自在です。   これが「大慈に悔いのない無量の愛、大悲に怨みのない無量の願、大喜に憂いのない無量の楽、喜捨しても求めない無量の恩」ということです。

ちっぽけな善と軽く見てはなりません。人々の善が集まると「一粒の米も一俵に、一滴の水も大河になる」と言われるように、この愛の力は一人だけを助けるのではなく、家庭全体に及んでいます。それだけでなく社会全体と天下の衆生に関心を寄せることができます。日々人を愛おしみ、助け、衆生と好い縁を結んでこそ幸せな自分になります。 

環境保全センターでは多くのお年寄りが活潑に体を動かして、心では常に良いことを念じ、財産は子孫に残さずに大地を護って、子々孫々に至るまで健康な大地であるようにと模範を示しています。この人たちは幸せを求めるのではなく、幸せになるように智慧を用い努めているのです。老いても価値のある人生です。

新しい年の一日一日を大切に、そして慈悲智慧を心に、光明に向かって正しい方向へと前進しますよう願っています。

 

無明煩悩をなくして

慧命の記憶を培い    

道心を護って

情熱を傾けよう 

 

この度の歳末祝賀会では各地で「薬師如来十二願」というお経を題材にした手話ミュージカルを演じていました。人心に生じる無明はさまざまな苦しみのもとになっています。「衆生は無明によって重大な苦に染まっている」と薬師如来はおっしゃっています。「病を治す志」の十二大願は人心の無明を取り除く妙薬になっています。

昨年の十一月から今年の一月中旬にかけて行なわれた歳末祝賀会が一月十四日をもって一段落しました。私は精舎へ帰る途中、いくつかの連絡所へ寄りました。各連絡所は寒空にもかかわらず熱気に溢れ、冬季配付の準備に追われていました。厨房から漂う良い香りは、年越しの料理の匂いでしょうか。

今年は全台湾の慈済会所が一斉に盛大な冬季配付活動を行い、二万五千人の長期ケア家庭の人々を招待して、年越しのご馳走をふるまっていました。その日はお年玉を配るだけでなく施療と散髪を行い、また舞台では劇を披露して、皆が温かい新年を迎えられるように願っていました。

愛のこもった暖流は凍てついた世の中を温かくします。愛と善は台湾の宝です。この愛と善が台湾で永遠に続くよう願っています。

人々は善の心を持っていますが、善行の心念も護らねばなりません。心にある善の種をいつも法水で潤せば荒れ放題にならず、今生に植えた福の種が愛を発揮して奉仕すれば、生々世々にわたって福に恵まれます。 

この世の菩薩になりたいと志すなら、四弘誓願を立てることです。衆生を済度し、煩悩を断ち、法門に学び、仏道を行う四弘誓願を立て、人々の中へ入っていかねばなりません。また、生老病死苦がいつどこから現れるのか、それを理解していると、自身の幸せを大切にして、精進し奉仕することができます。

法を聴いて心に刻み込むだけでなく、信を奉行し、仏陀の甘露妙薬を用いて煩悩無明をなくす以外に法を伝えなくてはなりません。法を聴き、法を説くことは己の慧命を培います。人と広く法縁を結んで衆生を護ることです。法を聴いて法を伝え、心のすべてに法があってこそ、心の根が強固になって無明の風に吹き倒されません。

生命の長短は何人もはかり知ることはできませんが、広く深く掌握することができます。来世は煩悩縁、それとも法縁でしょうか? それは今世であなたがどうあるかによります。丁寧に善の種をまいて、絶えず法水の滋養を与えて慧命を潤し、愛の力を積み重ねると、来世で法を聴くことができ、菩薩道を歩み続けることができます。 

 

順境にも無常観がある    

逆境には因縁観がある

人生を善用し

価値を創造しよう

 

「薬師経」の中で、人間が病苦相に尽きるのは生まれながらの四肢健全、心身の健康ではありません。健全な身体を授かったなら常に感謝だけでなく、人に尽くすことです。この身を善用して自他を利することこそが、価値のある命というものです。

桃園静思堂の歳末祝賀会の席上で、ボランティアが「薬師十二大願.終曲」を演じていました。その中で肺線癌のステージ四と診断されている林永全さんも参加していました。彼は自分が病気と知りつつも意気消沈せず、夫婦で励まし合ってこの日演じきりました。なんと素晴らしいことでしょう。そして、治療に協力して積極的に自分の人生の計画を立て、残りの時間を善用して慧命を伸ばしていました。 

彼の心に法があったため、人生の法則である免れることのできない生老病死を理解することができました。順境には無常観があり、逆境には因縁観があります。治療の過程で気力が奇跡を創造することを信じてボランティア活動に参加し、身を以てほかの癌患者を励ましていました。 

桃園ボランティアの謝佳成さんは腹部大動脈解離により大量に出血し、一万CC以上の輸血を受けて辛うじて一命を取り止めました。集中治療室から一般病棟に移っても、大勢の法の仲間が付き添っているのを見た隣のベッドの人は、謝佳成さんがとても偉い人なのだろうと思っていました。謝佳成さんは、私はとるにたらないボランティアに過ぎないと言っていますが、法の仲間からすると彼はかけがえのない法の仲間です。

謝佳成さんは常日頃奉仕して人生を無駄に過ごしていません。ですから重病の時には多くの法の仲間が献血への協力を申し出、そばに付き添いました。血縁は一生一世のものに過ぎませんが、法の仲間との縁は生々世々にわたります。この生涯で縁のある導師、同道、同志は互いに善知識を把握して菩提の大道で共に福縁を造りましょう。

真に命を大切にするということは、その体を大切にするのみでなく、人としての身を善用し、時を把握して人々を利してこそ、人生において役に立つ人となることができます。台中慈済病院が開業してから十年になります。二○○二年に開業した時に、わが師、印順導師の開示を頂きました。「慈済人が種々の智慧を以て衆生を利し、さらに多くの人に仏法の利益をもたらしているのは、仏教においての基本精神の発揚である」と、導師は大変喜ばれておられました。

導師が慈済人が細やかな心で奉仕をしているのを認めてくださったことに、私は深く感謝しております。五十一年前に設立された慈済は慈善志業を始めました。その六年目に設立された貧民施療所は、現在展開されている医療志業の始まりです。この道を歩み初めてから四十五年になりました。今では六カ所の病院で皆が協力し合って、人々の健康を護っています。 

ある患者が心臓大動脈解離と心タンポナーデ合併症を患って緊急に台中慈済病院へ送られてきた時は、心肺停止の状態でしたが、それでも医療スタッフは熱心にこの患者を鬼門から救い出しました。その後、患者は心臓外科医の余栄敏主任に感謝の手紙を送りましたが、余栄敏主任は「手術の成功は私一人だけの力でなく、病院のスタッフが一致団結したからこそ為しえたもの。とくに慈済ボランティアの細やかなサポートのおかげです」と言いました。 

お互いに感謝することは最も美しい。病院全体が尽力して重症患者の命を護っていることは感謝に耐えません。仏法の中に「観身不浄」という言葉が出てきます。それは身体は皮に包まれた臭い物ということです。医療スタッフが毎日その身を護っているのは大変な苦労ですが、堅い慈悲の心で人々の生命を護っていることは感動と感謝に耐えません。 

この世の苦しみで病に勝るものはありません。病の中にいる恐れは計り知れません。患者とその家族が悲嘆にくれている時、医療スタッフが抜苦与楽に尽くすことが最も必要です。病人が健康になって元の生活に戻り、家族もろとも平安に包まれた時の喜びは実に無量の功徳です。 

素食は慈悲の心を培う    

善の念は悪を浄化する    

福の凝集に

人々は安らかになれる

 

今年のヨーロッパは異常な寒さに襲われ、六十人以上が亡くなりました。中でもシリア難民は国境を越えて寒さ厳しいバルカン半島の難民テントで暮らしています。その苦しみはいかばかりでしょうか。

かの国では少数の人の心が不調であるために、長年にわたって国家は動乱し、人々は故郷を追われ、流浪の憂き目に遭っています。こんな時、人心の浄化が必要です。自分の心身を護るだけでなく、社会の人々の身と心を護らなければなりません。心と大地を護ってこそ天災と人禍が少なくなります。

極端な気候変動によって災難が続発していることは、人類の生活様式と密接な関係があります。慈済は長年にわたって、気候変動枠組み条約締約国会議に要請を受けて参加してきました。各国とも開発が減少していることが分かり、省エネによる二酸化炭素排出の知識と認識もあるものの、ただ行動が不足しているということでした。環境保全の行動を人々が習慣とすることは、実はそれほど困難なことではありません。最も有効な方法は素食をすることです。 

統計によると、世界では一秒に千七百七十匹の家畜が殺され、一日では一億五千匹に上っています。こんな大量の家畜を養うのに必要な飲水と飼料は驚くほどの量で、家畜の排泄物に含まれる大量のメタンガスは地球温暖化を加速させています。

素食は大量の汚染物と消耗を減少させ、また慈悲の心を培うことができます。人類は食への欲求を満足させるため、動物を狭い空間で飼育して自由を奪い、一旦伝染病が発生すると大規模な殺処分を行います。なんと残酷で悲しいことでしょうか。

現在のこの世は仏陀がおっしゃった五濁悪世にあたります。戦争、疫病、気候異常などはその実、人心の貪瞋癡慢疑の五濁にあたり、人々が目覚めなくてはならない時です。善念は五濁や人心を浄化させます。慈悲をもって不殺生を実行すれば、この地球は健康になり、動物たちも何の恐れもなく自由自在に生きることができます。

善と悪は綱引きをしているようなものです。もしも人々の心が善に向かえば和やかになり、共に善行造福を行えば天災人禍は減少します。

皆さんの精進を願っています。

NO.242