慈濟傳播人文志業基金會
浪費する暇がない
Profile 郭貞霞 / 80歳
未婚で姉の世話をしている。
家計の財源は過去の貯蓄。
 
毎日食べること、寝ること、死ぬことを待っているだけ、と自嘲するお年寄りがいる。郭貞霞は自分がそうでないことを幸運に思う。毎日慈済の仕事に忙しいが、心配なのは睡眠不足になることだけである。「次の日もすることがたくさんあると思うと、とても幸せです!」と言う。
 
八十歳近い郭貞霞は独身で、普段はパーキンソン病を患っている長姉の世話をしている。「どうせ食事を作るのなら、一人でも二人でも同じです」と話す。
 
十歳の時、一家は家畜の屠殺場の近くに引っ越した。郭貞霞は、足を縛られた豚が自転車の荷台に乗せられて啼き続け、最後には肉の塊となっていくのを見て素食を始め、今に至っている。姉妹は二人ともベジタリアンで、普段の食事の準備は至って簡単なので、食事の準備を面倒と思っていない。
 
姉の娘はアメリカに住んでおり、息子は台北にいる。郭貞霞は毎日、姉の三食と薬を用意してから慈済のボランティア活動や読書会に出かける。活動の内容は高齢者施設の訪問や親子成長クラス、青少年クラスなどさまざまだ。彼女の毎日は豊かで忙しく、会社勤めの人に劣らない。
 
● 郭貞霞(左から2人目)        毎月高齢者施設で自分よりも若い「お年寄り」の世話をしている。朗らかで、言葉もはっきりしており、全く老いを感じさせない。
 
姉の世話は老老介護に等しい。洞察力に優れ、ハキハキと喋り、頭もはっきりしているように見える郭貞霞だが、実は心臓病を患っている。五年に一度ペースメーカーの電池を取り替え、質の高い生活を維持している。
 
以前、郭貞霞は不整脈と共に心拍数が少な過ぎたため、何度も目眩に襲われて倒れかかったことがある。心臓の問題だけでなく、B型とC型肝炎、骨粗鬆症、肺の石灰化、高血圧、腎機能の衰えなどの症状を抱え、長年、毎日五種類の薬を飲み続けている。体の老化現象と病はいつも彼女に「人生の無常」を悟らせてくれる。「心臓が動かなくなった時、この世を去るのです」と話し、常に心の準備を怠らない。
 
とは言っても、「体が動き、奉仕できるのが一番幸せなことです」と楽観的である。八十歳近くになっても自立して生活でき、余力でボランティア活動に参加できること、寝たきりで人の世話になっていないことを心から感謝している。
 
ある同級生は年老いてから病気になり、人工関節を取りつけたため、体が思うように動かなくなった。ある晩郭貞霞に電話をかけてきた同級生に、「早めに寝て、睡眠を十分に取りなさい。余計なことは考えないことよ」と言った。すると思いがけず、電話を切ったその夜、同級生は自殺した。その出来事は老後をどう送るかは気持ちの持ちようにかかっている、との警告になった。
 

老後の支えとは何なのか?

 
慈済ボランティアになって長い郭貞霞は、ボランティア活動の中で様々な人の人生に出会い、自分を振り返ってみた。
 
大腸癌の患者に付き添ったことがある。五十歳過ぎのその男性は、二度結婚して、四人の子供を育てていたが、後妻はいつも離婚したいと騒いでいた。今年二月、彼は病魔に打ち克つことはできず、この世を去った。再婚して設けた二人の娘はまだ小学生と幼稚園児で、お婆さんに預けられた。
 
多くの人は郭貞霞が独身であるため、「結婚していなければ、拠り所がない」と心配する。しかし、それよりも彼女はあの二人の女の子がどうなったのかが気がかりだ。結婚して子供ができても、幸せになれるとは限らない。
 
結婚しなければ跡継ぎがいないので、老後の面倒を見てくれる人がいない、というのが社会の一般的な考え方である。彼女がケアしてきた多くの弱者家庭は長期的に極度に貧しく、政府や民間の社会福祉の支援を必要としている。また、お年寄りが貧困と病気の哀れな境遇にある時、家族が知らぬ顔で冷たく接するのも見てきた。人生の拠り所や保証とはいったい何なのかと考えてしまう。
 
今、郭貞霞は心身の健康維持に努め、奉仕を続けることが最も現実的であると思っている。人生がどこに向かうのか分からないが、そう思っている。
 
病院でボランティアをしている時、病床にふせった親の側に親孝行な子供が付き添っているとは限らないことを目の当たりにしてきた。毎月定期的に高齢者施設を訪れるが、孤独なお年寄りたちには家族の訪問が少なく、中には子供と関係を断絶している人もいる。長年世話していると、慈済ボランティアの方がお年寄りの家族のようになる。
 
自分よりも若いお年寄りもいる中、郭貞霞は自分が独身であることを考えてみる。ふつう女性は結婚を幸福の構図の一部にしているが、彼女はそんなふうに考えたこともない。女性が夫や子供、家族のために買い物籠を持つ幸福感に憧れたことは一度もない。
 
現代社会の高齢者ケアシステムは家族に頼る方式とは異なる。とくにボランティア活動での経験から、現代人は結婚しているか否かにかかわらず、経済的な能力や生命保険で自分の老後に備えておかなければならないことを知った。
 
●郭貞霞の生活の重点の一つが姉の世話をすることである。仲の良い肉親間の感情が彼女の最も幸福な老後保険だと思っている。
 
郭貞霞は生命保険に入っていないが、八十歳近くなった彼女は運がいいと思っている。というのも、六人兄弟の仲は良く、傍目からも羨ましがられるほどである。彼女が長姉の世話をしているように、彼女が寝たきりになった時は他の兄弟が助けてくれるだろう。彼女は特別に多く蓄えがあるわけではなく、十数万元しか貯金がないが、自分の事後処理には十分だと思う。
 

事業を止めて志業に投入

 
六人兄弟の中で郭貞霞は次女で、父親は体が弱く、長年喘息と胃潰瘍に悩まされ、母親は家計を背負って長年苦労した。物分かりの良い郭貞霞は一九六一年に小学校を卒業すると、台北の縫製工場に就職し、母の負担を少しでも減らそうと、一心に家計を分担した。
 
数年後、当時縫製工場が多く、就職の機会も多かった故郷の台南に戻った。彼女は姉と妹と一緒にデジタル刺繍を始め、大きな仕事を請け負うようになった。一緒にお金儲けして家を買う夢を見た。その頃、三十過ぎの彼女は昼間は仕事に謀殺され、夜は定時制の学校に通い、帰宅後は翌日の出荷に間に合わせるために夜遅くまで仕事をしていた。
 
デジタル刺繍の音が夜の静寂を破って、半製品の服が次々にできてくる。季節が移り変わり、郭貞霞は中学校と高校の卒業証書を取得した。こうして二〇〇〇年まで忙しく働いてきたが、やがて縫製工場は人件費の安い中国に移り始め、仕事量が激減したので、デジタル刺繍の事業を止めた。
 
彼女は事業を止めてすぐフルタイムの慈済ボランティアになった。忙しい人生だったが、お年寄りは自分を「リサイクル」して仕事をした方が健康によい。「年取ったらのんびり過ごし、仕事はしない」という伝統的な考え方ではいけないと彼女は思う。
 
彼女は、「人生には『使用権』があるのみで『所有権』はない」という證厳法師の見方に賛成である。仕事をしないことが楽することだとは思わない。というよりも、彼女は「楽する」ことを考える暇もない。
 
お年寄りの中には毎日「食べる・寝る・死ぬ」のを待っているだけ、と自嘲する人がいる。郭貞霞は自分がそうでないことを幸運に思っている。
 
郭貞霞は、もし自分が毎朝起きて何もすることがなかったら、どうすればいいのか?と想像するのも難しい。暇を持て余すのも辛いことである。「翌朝目が覚めたら、することがいっぱいあると思う方が幸せなのではないでしょうか?」。結婚しているか子供がいるか否かにかかわらず、人生の拠り所が何なのかは様々だ、と八十歳に近い彼女は朗らかに笑って言った。彼女が今言えることは、自分には拠り所がたくさんあってとても幸せである、ということである。
 
●ボランティア活動に出かけない時には読書をして過ごす。体を動かすことと心の喜びが、彼女の独身生活を豊かにしている。

上手に一人暮らしをする法

ボランティアになるのが一番
                                                  口述‧郭貞霞 整理‧李委煌 訳・済運
 
私たちの体は毎日変化しており、時間も知らないうちに無駄にしています。自分の皮膚を観察してみると、知らないうちに老化しています。
 
定年退職者や独居老人は毎日時間を持て余しています。しかし、時間が多いとあらぬことを考えるようになり、果ては老年鬱病に罹ったり、睡眠障害などの問題を引き起こします。
 
私の先輩たちの多くは亡くなっていますが、人生で親しい人が亡くなると、恐怖感を抱いたり、何事にも興味をなくしてしまうお年寄りの気持ちは理解できます。このような老後生活では不安でいっぱいになり、世の中を恨んだり、自分の人生に不満を持つようになります。また、子供たちや伴侶、両親を恨んだりすることもあります。
 
私は幸いにも老後、ボランティア団体に入ることができました。それは違った形態の大家族に入ったようなもので、生活にも帰属意識が出てきました。
NO.248