慈濟傳播人文志業基金會
人道的建築の旗手 簡志明(下)
 
人道的建築実験室が建てた新竹県峨眉郷の農村の入り口のオブジェ「Line One」。

交通大学人道的建築実験室の簡志明は、人道的建築の夢を実践するため、農村コミュニティでの建設に協力している。

 

現地の材料で土地に合った建築

 

人道的建築で建てられた建築物の中には、木造、レンガ造りのものもあるが、大部分は竹造である。山奥では、原住民であれ漢民族であれ、竹や木で家を建てる。人道的建築の建材として竹を多く使用するのは、竹は事前によく処理しておけば、長持ちするからだ。簡志明は、「今年成功大学で開講した人道的建築科目で、台南市左鎮区のシラヤ平埔族の集落を訪問しましたが、彼らの建てた竹造家屋は五十年以上維持されていました」と説明する。

竹は建設前にまず糖分と澱粉を取り除き、塩水で煮沸する「去青」と呼ばれる工程を行う。構造設計の際、人道的建築チームは竹の自然損耗の問題も考慮し、建築の外層を耐候性のある人工材料で被覆したり、取替え可能な構造を設計したりするなどの工夫を行う。

台東やネパールでは木造またはレンガ造りの建築だったため、この種の問題を考慮する必要はなく、定期メンテナンスで良好な状態を保つことができた。たくさんの集落と協力してきた簡志明は、「集落の人々には、人道的建築の成果を自分の子どものように世話し、保護してもらいたい」という思いを抱いている。

建築をデザインする際には、人道的建築チームは現地の風向きや気候、またそのほかの自然条件についても注意を払う。双龍小学校の「果実のさね」型の人道的建築を例に取れば、この建物の両側の交差するアーチ型の曲面は、谷に吹き降ろす風に対応したもので、これによってどんなに風が吹いても倒れず、また空気の流れもよくなる。こうして伝統的な竹造家屋の風力への抵抗力の弱さという弱点も克服できた。一定の温度空間で、湿度や温度に対する感覚を失っていくのは良いことではない。呼吸できる建築こそ人に気温の変化を感じさせることができるのだと簡志明は指摘する。

だが、竹造の教室にはメリット、デメリットもある。「あの教室は防水性が低く、教室に物を置いておくことはできません」と話す双龍小学校の林恵娟前校長は、工芸教室の利点について、「竹編技芸伝承の教室であるということ以外に、子どもたちがいつも遊びに来る秘密基地でもあります」と話す。実は簡志明は建築物の損耗率についても考慮している。「私たちは今、大きく二つの方法を採用しています。雨水が直接接触する部分には人造建材を用いて雨を防ぎ、雨水に接触しない場所には自然建材を使用するのです」。こうして建材の損耗を減らすのである。

台東県海瑞小学校の集落文化樹屋は、生徒たちが屋外で本を読んだり、授業をしたり、宿題をしたり、遊んだりする格好の場所である。杉を建材に、造りはブヌン族の伝統家屋を改良したものだ。

ヒマラヤの麓で建設を行う

 

人道的建築は台湾で育っているのみならず、海外でも芽を出している。ネパールでは人々は貧しく、農耕による自給自足生活を余儀なくされている。チトワン郡ジュゲヂ村では、拾ってきた薪を背負った二、三人の女性が、遥かに緑の木々が木陰をなす黄土の道を踏みしめ、壁面が黒白斑の二軒の小さな民家を通り過ぎた。その民家の隣こそ、医療ステーション建設予定の空き地であった。

聨新文教基金会の張瀞文執行長は、集落での人道的建築の経験を海を越えてネパールで実践してもらおうと、交通大学建築研究所所長の龔書章と簡志明を誘って、ともにジュゲヂに入った。ネパールでは長年医療資源が不足しており、ジュゲヂ村の住民たちは日ごろ山や谷を越え、百三十キロ以上の道のりを歩いて、首都カトマンズの病院まで通わなければならなかった。

簡志明は、現地の建物の状況をこう述べる。「家を堅固にするためには、柱は強く梁は細くなくてはならないのですが、現地の家はどれも梁が太く、柱は細いものでした」。内戦後のネパールでは建築法規が整備されていなかったため、ネパール人道的建築チームは台湾中部大地震後の再建の経験に基づいて医療ステーションの建設を進めた。

ネパールのジュゲヂ村を訪れる一カ月前、交通大学、成功大学、台北科技大学、中原大学、淡江大学、金門大学などのボランティアたちが、交通大学に集まって訓練を受けた。ボランティアたちは試験的に、レンガを積む方法で新竹市の光明幼稚園の「生態堆肥槽」を作り上げた。訓練の第二段階では、学生ボランティア五名、技術指導員四名、管理スタッフ三名を選び、ネパール人道的建築チームを結成した。チームは短期集中的に二十六日間で、現地の住民に工事現場管理、建材管理、機械使用方法を指導し、コンクリートの製造法、梁柱壁の建て方を伝授した。この医療センターは計画から二年余りかけて完成した。

当初、文化的な差異のため、人道的建築チームは地元の住民とのコミュニケーションに支障があった。「私たちが何を言っても、ネパールの人々は首を横にふるので、どうしたことかと訝りました」。簡志明はネパール人の首を横にふる様子を真似しながらこう述べる。しかし実は首を横にふるのは現地では同意の意味だったのだ。その後人道的建築チームはネパールの人々と、英語のできる住民を通してコミュニケーションを取るようになり、問題は解決した。日常的には簡単な英語とボディーランゲージで、互いの考えを理解し合った。

海外の地で建設を行うことは苦楽相半ばであった。人道的建築チームは、建材を運ぶ際、現地の官僚機構に通行費を徴収されたり、インドからチベットへ至る道路は一本しかないため、外国企業がトレーラーで運送する時、牛や人にぶつかる交通事故を起こすと道路が封鎖され賠償を求められるといった、多くの困難にぶつかった。病気も手ごわい敵であった。聨新文教基金会のボランティア診察チームが現地に駐在している間は、病気になった人道的建築チームのメンバーも診療を受けることができたが、ボランティア診察チームが帰ってしまうと頼れるのは薬のみだった。しかし身体的にはどれほど大変でも、精神的には満たされていた。簡志明はこうした環境の中から精神を潤す方法を見つけ出した。「一日中くたくたになるまで働いた後、夜に私たちは吊り橋の上に横たわって星を見上げ、感想を言い合いました。こうするとたちまち心が落ち着いたものです」

人道的建築の一案件の平均費用は五十万元(一元約三~三・五円)で、人道的建築に協力した多くの教師や学生たち、あるいはNGOなどは募金活動を行い、不足した部分は自らのポケットマネーで補っていた。二〇一三年、台湾人道的建築協会が成立、執行長に就任した簡志明は、協会のメンバーと一般企業の運営方法で人道的建築を発展させることを話し合った。易しいところから難しいところへ、都会の人々に実際に体験してもらおうと、協会は昨年の夏休みに木工と家具の製作クラスを開講した。「一日で応募者の定員に達しましたよ」。簡志明は独立独歩というこのやり方は試す価値があると話す。

交通大学人道的建築実験室の学生たちが構造を設計し、模型を作り、竹の構造の中の照明をテストする。
 
 
 
人道的建築の現場は、メンバーと現地の住民、工芸の職人たちとの交流学習の場である。
 

 

人道的建築、愛の波及効果

 

近年、より多くの大学の教師、学生たちが人道的建築チームの隊列に加わっている。台北科技大学が「果実のさね」計画を継続しているほか、交通大学の「スマートライフと人道的建築空間」、成功大学の「人道建築」など、これらの大学の教師たちは自発的に人道的建築関連の科目を開講している。簡志明はこれらの大学の取り組みをサポートし、農村やコミュニティと現状や設計ニーズについて意見交換し、学生たちが住民とともに討論し、力を合わせ、実際に建設に参加することを呼びかけている。

簡志明も様々な大学との提携の中で、貴重な収穫を得てきた。例えば成功大学教員の方雅慧はコミュニティ建設の経験が豊富で、簡志明が初めて学生を連れて見知らぬ集落を訪れた時には、彼女からコミュニケーションのコツを学び、ゲームなどを通して、教師や学生と住民との間の距離を縮めるよう工夫をした。

交通大学建築学科の許倍銜助理教授は、簡志明についてこう話す。「彼は無鉄砲で、理想家です。人道的建築がどれだけ困難で複雑なものか、考えていないのです」。建築に関わる問題は、人力や金銭だけではない。コミュニティ内の文化への配慮、意見の調整も必要で、これには何カ月もかかる時もある。「私が集落で住民とニーズや設計について相談すると、彼らはゆっくり時間をかけてやればいい、と言います。しかし大学で人道的建築の先生方と建築技術について討論する時には、進度をスピードアップしなくては、という意見が出ます」。人道的建築を進めるペースについては、簡志明は今も模索中である。

「人道的建築は私の建築に対する愛を投影しています」簡志明は初志を守り、情熱を抱き、多くの人々の協力の下、台湾国内や海外で永続的な公共空間の建設を進める。作家の九把刀は、かつて自らを励ます次のような言葉を記したことがある。「言えば笑われるような夢こそ、実行する価値のある夢だ。たとえ転んだとしても、その姿はきっととても豪快なものだろうから」。必要とする人のために家を建てる、これは夢物語のような言葉である。しかし簡志明は転ぶことを恐れない。彼が恐れるのは前進しないことだ。「一つ一つの建設が成功するかどうか考えたことはありません。私が考えることは、どのように歩み続けるかということです。歩みを止めなければ、自然と物事は進んでいくのです」

(経典雑誌212期より)

人道的建築は現地の状況に応じて、コミュニケーションと互助の基礎の上に必要な資源を投入する。現地の文化と住民のニーズを重視し、伝統文化と新建築を共生させる。
 

 

NO.235