慈濟傳播人文志業基金會
いかなる逆風に対しても 感謝の気持ちで向き合おう

順調だからといって安穏とせず

逆境に遭遇しても志を失わず

感謝の心で逆風を受け止めるなら

逆境は「増上縁」になる 

 

バルカン半島にあるセルビアは、中東の難民がヨーロッパに向かう際の重要な通り道で、この頃の季節はちょうど厳冬でした。難民は長い道のりを歩いてきて力尽き、持ち物もほとんど使い果たしていました。彼らが凍りついた雪の上で冷たいパンをかじっていたり、子供たちが半袖姿でいるのは、見るに忍びない光景でした。

九カ国から集まってきた三十八人の慈済ボランティアは、二〇一六年の十二月上旬現地に集合して、四千人以上の難民に寒さをしのぐための外套と帽子を送りました。また中東の人たちが好むトマト風味のインスタントご飯を、数々の難題を乗り越えて空輸し、栄養の足しにしてもらいました。

国家動乱のため余儀なく故郷から逃れた人々は、たとえ豊かな人であっても難民となれば、すべてを失ってしまいます。彼らは逃げる道中、至る所で入国を拒否され、前に進むことも後戻りすることもできません。疲労困憊し、悲しみや恨みに打ちのめされた心中を想像できるでしょうか。慈済ボランティアは心から彼らを尊重して帽子を被せてあげ、コートを羽織らしてあげました。彼らが苦しみに満ちた世の中にも愛の温かさのあることを感じてほしいと願いました。 

ヨルダン国境の砂漠地帯では、大型難民キャンプに数万人を収容していますが、非常に混雑して物資も欠乏しています。焼けつくような太陽のもとでテント内はとても暑くなり、雨が降れば全身濡れて、テントの外も中もぬかるみになります。長期にわたって劣悪な環境で生活してきた難民の身も心も崩れそうになっている時、ヨルダン慈済人の救済活動は以前にも増して困難になっていました。

広大な難民キャンプでは全体の世話に手が回らず、一区域の配付が終わればまた大勢の人が待ちかねています。しかしボランティアの人力と資源には限りがあり、身の安全のためキャンプから撤退せざるを得ませんでした。

シリアの女の子レータは産まれる時に空襲に遭いました。病院の分娩室は混乱し、彼女の足が三ヶ所に傷をつけられてしまいました。難を逃れている途中で、慈善組織の援助による手術を受けましたが成功しませんでした。ヨルダンへたどり着いた時、現地の慈済ボランティア、陳秋華さんの世話で医師の治療を受けて、今ではリハビリを始めています。

一年近い付き合いでレータはすっかりボランティアになつき、ボランティアを見ると喜んで抱きついてきます。難民キャンプの中ではレータのように、治療を受けなくてはならない子供が三百人以上います。

難民キャンプでの配付活動の遂行が困難になっているのを受け、陳秋華さんはしばらくの間物資の配付をやめて、医療方面の救済に専念することを考慮していたその夜、法師が彼の夢の中に出てきて、「私は自分の血を難民に捧げたい」とおっしゃいました。彼はすぐに台湾へ帰って来て、法師にお会いし、「難民に対するケアは必ず続けます」と言って、懺悔しました。

戦地に生を受けた者の命は蟻のように儚いものです。長期にわたり異国の砂漠のテントで暮らす心身の苦労、明日をも知れない我が身の難民たちを思うと心が痛みます。苦難の多い世の中はいつになったら終わるのでしょうか? 時には無力感に打ちひしがれることもあります。しかし衆生の苦難を見ると忍びなく、どんな困難であっても私たちは見放すことはできません。

平穏な気候、平和な環境で生活する私たちは、なんと幸せなことでしょう。奉仕すると発心立願を立てられる人は、さらに幸せな人です。慈済教育志業では「里親」行動を起こして、心ある人たちが、ヨルダンにいる一人でも多くの子供たちが幸せになるよう願っています。

人心に調和がないと、苦難は尽きません。幸せを感じて感謝し、さらに敬虔になって、平安を大切に、社会が平和になるように守らなければなりません。さらに愛の力を発揮して人心を動かすのです。人心が調和すれば、この世の生態を変えることができるのです。

 

定力の鍛錬は試練に耐えられる     

環境の動揺を受けなければ

菩薩道は成就することができる

 

今年は二千人以上の海外現地ボランティアが、台湾へ認証を受けにきて慈済委員と慈誠隊員(男性ボランティア)になりました。彼らは見習いから訓練まで少なくとも三年の期間が必要で、種々の困難を克服して目的を達成したのです。

中国のハルビン市、黒河市のボランティアは訓練に参加するため、毎月千八百キロ離れた北京へ、片道だけでも二日間かかる列車に乗って出かけます。彼らは狭い列車の中で、聴いた仏法を互いに語り合って時間を大切に過ごしていました。

大陸の東北地方は寒さが厳しく、それでも彼らは早朝の「晨鐘起、薫法香(早朝の説法)」を堅持していました。風雪の中、全身を防寒具に包んで、家を出るとあたり一面は白一色の深い雪に包まれています。説法を聴き終わるとお互いに、「今日も私たちは一言漏らさずに聴いた」と話し合っている友たちの精進に感動しています。

修行とは、自分の道心を守ることです。菩薩道を選択したからにはすべての試練に耐え、劣悪な環境にあっても道心を堅く持ち、一歩一歩前に向かって進むのです。

鉄は燃え盛る火をくぐって利器になります。人も同じく「天の試練を受けて強い人間」になります。逆境にあっても感謝の心、喜びの心で逆風をすなおに受け止めると、大慈無悔、大悲無怨、大喜無憂、大捨無求という、何物も求めない慈悲の心で励むことができます。怨みも悔いもなく、憂いもなく何も求めず、逆境をも「増上縁」に成せば、道心と道業が増します。

リハビリのように、痛みをこらえて続けると筋肉と骨の機能が回復します。菩薩道を歩むのも鍛錬が必要です。どんなに多くの悪い出来事や逆境に遭っても怨みも憎しみもなく、愛を失わずに堅持して尽くすことです。反対に心に起伏があると、長い道を歩くことができません。自分が置かれた環境に甘んじて過ごし、智慧が足りないと是非を見分ることができず、落とし穴にはまって善道から離脱してしまいます。

大勢の中でいろいろな人、事、物の試練に対しては、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧という六種の法が必要になります。

「布施」とは物資の布施だけでなく、貪欲、煩悩をなくすことによって、とらわれをなくすことができるのです。逆と悪に虐げられた時は、牙を剥いてやり返さずに、それを甘んじて受け、善に解釈して、心身の過ちを起こさないことが、忍辱と持戒です。すでに発心したからには、決して志半ばで立ち止まったり、やめてしまわないことが精進です。順調や逆風に動揺されないことが禅定です。この五項目をやり遂げると、充分に智慧が具わったということで、煩悩の岸から涅槃の彼岸に到達できます。

大智慧者は、苦楽の中でも自在で何のさし障りもありません。順境の中にあっても名利や地位の誘惑を受けず、楽にも迷わなければ、逆境にあっても修行の意志は喪失しません。順境、逆境であろうが、すべては悟りの糧になります。

 

努め励んで奉仕すること

よいことをすれば

潜在能力になる

初心を永久に

方向は偏らずに

 

台南の善化に住む王秀桜さんは数年前、自動車事故によって昏睡状態に陥りました。彼女が昏睡状態の中で見たのは、自分が霊安室に送られていて、法師が遠くから手招きしながら、「ここへ来なさい。あなたの仕事はまだ終わっていないのですよ」とおっしゃっていました。それからだんだん意識が回復してさらに不思議なことに、今まで台湾語しか話さなかったのが、最初に話した言葉が北京語でした。娘はこれが本当に自分の母かと疑ったほどでした。

自動車事故によって記憶力を損なった秀桜の以前は健忘症でした。しかし慈済の一粒の種子である彼女は、八識田の中の環境保全という潜在能力がいきいきと続いていたのです。皆も普段から良いことをして、八識田の中に深く入り、生々世々にわたって続けられることを願っています。

 

 

《法華経・提婆達多品》に記載されている話です。

ある国王が法を求めるために王位を放棄し、広く大乗法を理解している師を国の中に探し求め、その人の奴隷となって終生尽くしたいと願っていました。

ある時仙人が宮殿へやって来て、国王の使いを受けて《法華経》の伝授に来たのだと言いました。それからの国王は毎日、果物を採り水を汲み、薪を拾って食事を作り仙人をもてなしました。その上、身を屈め背中に重い物をおいて椅子をこさえ、仙人を休ませていました。

こうして国王は仙人に尽くし、時が千年を経ても、仙人は法を伝えようとしません。しかし国王は相変わらず、慇懃に法を求め一刻もおろそかにしませんでした。その後、国王は「私は提婆達多の善知識があったので、私の六波羅密と慈悲喜捨が十分に整った」と言いました。

貴い王はありとあらゆる物を持っています。しかしこの国王は貪欲なく、うやうやしく師を奉じて、さまざまな試練を受けても、心は平静を保っていたので、いつの間にか自分が求めていた「人としてやってはいけない、また忍ばねばならない」法を求めることができたのです。

その国王とは釈迦牟尼仏のことで、仙人は提婆達多でした。どんなに提婆達多が生々世々に亘って仏陀を困らせても、仏陀の修行には差し障りがなく、感謝の心をもっていかに辛い目にあっても、六度と慈悲喜捨の無量心を培っていました。

凡夫の発願は一旦、窮地に遭うと退きます。しかし仏陀の志は堅く、どんなに長い時を経ても最初の信念を失わなかったことは、堅い妙法、菩薩道、広く衆生に済度する追及心があったためでした。

生活する中で人、事に対して信念が動揺するのも修行で、一瞬一瞬を把握して、菩薩道に精進すると慧命が成長します。

 

       

命を大切にするには

体を大事にし過ぎず

手足を使って奉仕すること

 

鹿港の慈済リサイクルセンターに「六輪の花」と言われる六人の女性ボランティアがいます。六人の年を合わせると五百歳近くなります。七十九歳から九十二歳の彼女たちは、体に痛みがあっても心は健康で、毎日良能を発揮しています。

年長者の施呂秀鳳さんは毎日道具を持参して、リサイクルセンターへやってくるとペットボトルのふたをわずか一秒で切り取っています。糖尿病を患っているため、嫁が毎朝血糖値をチェックしてインシュリンの注射をしてから回収所へきます。車椅子で来る途中は、回収できる物があると拾って車椅子に載せ、自分はそれを推して来ます。「もしも何もすることがないとぶらぶらしてつまらないけれど、回収物の分類をしていると楽しく、健康にもいいですよ」と言っています。

慈済リサイクルセンターには大勢のお年寄りがいます。このお年寄りたちは活発で多芸多才で、回収した傘の布を外してエプロンなどにリサイクルしています。老人が社会問題になっていると誰が言ったのでしょうか。このお年寄りを見て下さい。大地、衆生を大切にして、生命価値を善用した尊厳のある生き方をしています。

命の自然の法則である生老病死は、どんな人も避けて通ることはできませんが、慧命は無限です。命は大切ですが、体を大事にし過ぎて何もしないのではなく、手足を動かして奉仕することです。人々が愛のある奉仕をし、社会が愛と善に満ちていると、温かく平穏な世の中になります。

NO.241