熱血に燃える高校生
◎文・蘇慧智/訳・慈願/撮影•郭明娟
七月十三日の午後、台東女子高校の校庭に小中高校生のグループが続々と集まっていた。秩序正しく自然に二列に並んで九時に始まる受付を待っていた。九時を過ぎた頃、地面は黒い頭で埋まって、校内の涼しい廊下や空き地を選んで座っている。その数は千人を超していた。
彼らは学校清掃のために集まった台東の熱血青年だ。「学校は私たちの手で」と呼びかけ、被災後の劣悪な衛生環境を清掃して病気が発生しないように、一日も早く元の明るい学校に戻れるよう、夏休みの補習授業時間を返上して集まってきた。
ネット上で若者に呼びかけたところ、予想を何倍も超える若者が賛同してくれた。職員室、事務室棟、図書館、運動場などを割り当てられて清掃していた彼らは、流れる汗をものともせずに黙々と働いていた。
台東高等商業学校、台東高校、新生中学校などの学生は、どの学校の学生と区別せずに協力して大木を運んでいた。台東高校の陳益誠は、自分の学校の清掃が終わると休む間もなく、クラスメートと一緒に台東女子高校へ手伝いに行って、「これは台東人の団結なのだ」と言った。
台東女子高校の生徒、李さんの家は農家で、ミカンと釈迦頭の収穫を前に甚大な被害を受けた。実家の片付けを手伝った後、学校の清掃に駆けつけた。「学校に着いた時、大勢の生徒たちが清掃しているのを見て感動しました。その午後には慈済から見舞金を頂いてさらに感動しました」と話す。
曹校長は「慈済から見舞金を生徒たちに頂き感謝しています。緊急事態にあたって掃除にきていた生徒たちの役に立って助かりました。この見舞金は工賃ではなく幸福を祝うお金です」と言った。校長はまた、百人あまりの力の強そうな生徒に、近くにある台東体育中学の清掃に行かせて「この生徒たちの態度に感心し、さらに慈済の私たちに対する思いやりと祝福に感動しました。これからはさらに学校を大切にし、また手助けを必要とする所へはただちに駆けつける愛を伝えていきます」と話した。
医療スタッフも清掃に大出動
◎文・蘇慧智/訳・慈願/撮影•郭明娟
七月十二日の午後、台東関山慈済病院院長の潘永謙は診察を終えると、白衣を脱いでシャツに着がえ、職員とボランティアを引率して台東市内にある公東高等工業学校の清掃支援に行った。学校の主な清掃は、倒れた木の枝葉を切り落して運び出すことだった。
院長は「最も大変なことは私たちに任せて」と、出発前には電動のこぎりや梯子など清掃に必要な道具を持参して行った。現場での熟練した仕事ぶりに皆は驚いていた。院長は「自分の病院も被害を被っていたので、二日間の清掃で経験は充分にあったのです」と言う。
院長という立場にこだわらず、皆と一丸になっている姿に感動した校長は「朝に関山慈済病院の人たちが支援にきてくれることを聞いて驚きました。病院のスタッフたちは患者を診るだけでも大変な労働なのに、学校の清掃支援にまでこられて、この精神は見習わなければなりません。皆に知らせるべきです」と感嘆して言った。
十四日の午後一時半、関山慈済病院のスタッフは再び面積三十三ヘクタールの台東体育高等学校に出動していた。軍と慈済基金会の被災者雇用制度への参加者が学校区域の半分以上の清掃を終えていたが、まだすべての倒木を始末するのには大量の人力が必要だった。
この炎天下に広大な学校の敷地内をただ歩き回るだけでも相当の体力がいる。藩校長は体格の良い青年を集めて校門から奥へと木を切っていた。摂氏三十四度の気温の中、五分足らずで滂沱の汗、多くの人はその高い気温と強烈な太陽にたまりかねて、他の区域へ支援に行った。
院長に同行してきた三人は「のこぎりが切りにくくなると研いではまた切っていました。院長が休まずにやっているので、私たちも休むわけにはいきません」と言った。午後四時を過ぎて仕事が一段落しても院長の姿が見えないので、車で学校の敷地内を探すと、院長は全身汗びっしょり、白いズボンは滴る汗で微かにブルーのシャツの色が移っていた。
総務課の職員頼家勲は顔を赤くして「本当に暑くて熱中症にかかりますよ」と気遣った。ボランティアの陳瑞琴も「院長、どんなことも適当にしなくてはなりませんよ。皆は暑くて我慢できないのに、院長は水も飲まず休まずたいしたものですね」と声をかけた。
関山慈済病院の人たちは民衆の健康を護っているだけでなく、環境の健康をも護っている。さらに多くの善士が集まって故郷の復興に尽くしてほしい。
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●関山慈済病院の潘永謙院長が公東高等工業学校で倒木を運ぶ。
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